5試合を3勝2敗(勝率6割)で勝ち進んだチームが優勝し、2勝3敗(勝率4割)のチームが最下位になる。
野球とは、そのような「拮抗」のなかで闘われる競技といえる。
ならば、アジアシリーズ決勝というわずか1試合で決まる勝負で、台湾代表のラニュー・ベアーズを1対0の最少得点で倒し、アジア王者に輝いた北海道日本ハムファイターズの勝利は、どのように評価すればいいのだろうか?
しかも、その決勝点は、ベアーズの失策によるものだった。
ファイターズの先発ダルビッシュは、日本シリーズでの肩の亜脱臼の後遺症を感じさせないストレート中心の力強いピッチングで、ベアーズ打線にまったく付け入る隙を与えず、7回まで被安打1。三塁を踏ませない力投を見せた。
一方ベアーズの許文雄も、一球一球コースを狙う丁寧なピッチングで、決め球のフォークを内外角に投げ分け、ファイターズ打線を6回までわずか3安打に押さえた。が、7回裏、ファイターズの5番木元の少しばかり強い打球を、それまで堅実な守備を見せていた三塁手の石志偉がファンブルして一塁に生かしてしまう。
続く稲田は、この日2打数2安打と当たっていたが、今シーズンのヒルマン采配を象徴するかのように送りバントを決め、走者を二塁に進めた。そしてバッター鶴岡の場面でピッチャーの許がワイルドピッチ。この1球がベアーズの命取りとなった。
1点を争う試合の終盤、走者が三塁に進んだところでベアーズ内野陣は極端な前進守備を敷いた。それは、もちろんセオリー通りの陣形だったが、鶴岡が懸命にバットを振り抜いた打球は、ふらふらと力なく舞い上がり、二塁手の通常の守備位置の少し後方に、ぽとりと落ちた。
改めていうまでもなく、暴投がなく、走者が三塁に進んでいなければ、簡単なセカンド・フライに終わっていた。いや、三塁手のエラーがなければ・・・。
それは、以前にも目にした光景だった。
7年前にソウルで開催されたシドニー五輪アジア予選。松坂が13奪三振を奪う見事な好投で台湾打線を押さえながらも、日本代表の打線が許銘傑(のちに西武ライオンズ入団)らの台湾投手陣の好投の前に沈黙。試合は1対1のまま9回裏へ。
しかし2アウトからのバッターの打球は三塁後方へのイージーフライ。誰もが延長戦と思った次の瞬間、三塁手が落球。そこからチャンスを広げた日本代表は、社会人野球から選ばれた平間(元横浜高校)のタイムリーでサヨナラ勝ちしたのだった。
このときの日本代表はプロ(8人)とアマの混合チームで、韓国代表に敗れ、もしも台湾戦での「落球」がなければ、シドニー五輪に出場できなかった・・・かもしれない。そして今回のアジアシリーズでも・・・。
もちろん、これを「実力の差」ということはできる。いや、これこそ「実力の差」というべきかもしれない。
拮抗した力を持つチーム同士が、たった1試合で勝敗が決するサドンデスの状況での「ミスをしない力」こそ、野球という競技で問われる「実力」といえるかもしれない。
それは、長い歴史のなかで蓄積され、引き継がれた「力」ともいえるだろう。
今年6月に開催されたサッカーのワールドカップを思い出してほしい。ほとんどの試合がわずか1点という僅差で決着のつくサッカーという競技において、イタリア・チームが最後の最後まで勝ち抜き、栄冠を手にしたのは、まさに「歴史に裏打ちされた自信と誇り」の結果というほかない出来事だった。
それに対して、初戦のオーストラリア戦の最後8分で、選手たちがパニックに陥るなか3失点を喫し、逆転負けした日本代表は、そのような歴史に裏打ちされた「精神的基盤」がまだ築かれていない証左ともいえた。
野球では、台湾や韓国と較べて日本には「一日の長」がある。
昨年のアジアシリーズで、日本代表の千葉ロッテ・マリーンズに3対5で敗戦を喫した三星ライオンズの宣銅烈監督は、次のような敗戦の弁を口にした。
「日本のプロ野球には70年の歴史がある。我々はまだ23年。その差が出たと思う」
どんなスポーツでも、体力と技術に加えて、精神的な要素が勝敗を左右するもので、そのメンタルな要素の大部分を占めるのが、「歴史」という「共有財産」といえるのかもしれない。
昨年のマリーンズも、シーズン中はホームラン0の渡辺正が、豪快な2ランを放って勝利を確定した。そして今年のファイターズも、新庄、セギノールが不出場のなか、レギュラーをつかんだばかりのキャッチャーでシーズン打率2割4分1厘の鶴岡が、小笠原や稲葉を無安打におさえた台湾のエースから決勝打を放った。
彼らの「背中を押したもの」こそ、日本の野球の「歴史」といえるにちがいない(さらに、韓国に2連敗したあと3戦目に勝利し、その勢いで世界一に輝いたWBCでの優勝も・・・)。とはいえ、歴史とは、過去の重みであると同時に、未来へ向けて日々積みあげてゆくものでもある。
ファイターズに僅差の敗北を喫したラニュー・ベアーズの洪一中監督は、試合後の記者会見で、こう語った。
「我々は台湾リーグの前期優勝を決めた時点から、この大会に向けての準備をしてきました。それだけに日本に負けたことは残念ですが、日本は投打ともに我々を上まわっていた。我々には、足りないものが、まだまだ沢山あったと思う」
しかし、「戦前の予想は3位だったから、準優勝という結果には満足している」と、洪監督が語ったとおり、今年で24年のプロの歴史を持つ韓国のチーム(三星ライオンズ)を、17年の歴史のなかから一昨年誕生したばかりの新興チームであるラニュー・ベアーズが破ったことは、台湾野球にとって、新たな歴史の1ページを開いた出来事だった。
さらに洪監督は、ある記者の「来年のアジアシリーズに向けて、足りない部分を埋めるために、どんな準備をするのか?」という質問に対して、きわめて興味深い回答を口にした。
「それは、まだ闘う相手が決まっていないから、準備できる段階ではない・・・」
この発言の意味は大きい。昨年の宣銅烈監督が「過去の歴史の重み」を痛切に感じたのに対して、洪一中監督は「未来の歴史を開くための1勝」を見据えているのだ。
過去の歴史が現在を輝かせることもあれば、現在の出来事が未来の歴史を切り開くこともある。そして、現在の結果が過去の歴史を傷つける場合も起こりうる。
歴史とは、そんなふうにして動いてゆくものである。ならば、日本の野球界は結果的に「歴史に救われた」ともいえる勝利に安閑とはしていられない。
来年11月には、主催国である中国を除くたった1カ国の枠をめぐって、北京五輪アジア予選が台湾で開催される。それに敗れた国は再来年3月の世界最終予選(8カ国中3位以内)にまわる。それがプロ野球のシーズン開幕直前であることを考えると、(予選だけでも)メジャーリーガーを揃える可能性もある韓国、ラニュー・ベアーズ中心の台湾と闘う日本代表は、過去の歴史に後押しされるのではなく、新たな歴史を切り拓く行動を今すぐ始めなければならないはずだが・・・。 |