本書は1947年のプロデビュー以来、49戦全勝無敗43KOという空前絶後の大記録を残したヘビー級世界チャンピオン、ロッキー・マルシアーノ(本名:ロッコ・フランシス・マルケジャーの)の見事な評伝である。
ボクシング・ファンなら大興奮の連続。
《原爆級のパンチ力》はあっても、技術的には荒削りで体格にも恵まれなかったロッキーが、必死になって頂点に上り詰める成功譚は、物語としても抜群に面白い。
初の世界タイトル戦で形勢不利となった王者ジョー・ウォルコットの陣営が、グローブに唐辛子を塗り、目が潰されたロッキーは神に祈りながら必死に闘い、最後に必殺のパンチでノックアウト。その試合の描写には、誰もが圧倒されるだろう。
が、ボクシングに興味のない人にも、本書は興味深いアメリカ社会の過去を教えてくれる。
第一次世界大戦の毒ガスなどで負傷したイタリア移民の父親は、東海岸のボストンに近い小都市で低賃金の靴工場での労働に明け暮れる。アイルランド系移民やユダヤ人などの若者が、人種の坩堝(るつぼ)のなかで一旗揚げるには、スポーツ選手として成功することくらいしか道はなかった。
そんな社会でロッキーは、高校中退後第二次世界大戦の兵士としても失敗(暴力行為と窃盗で軍法会議にかけられ、有罪となる)。大リーグのシカゴ・カブスへの挑戦にも失敗し、野球選手としても失格の烙印を押された彼は、殴り合いに顔を顰(しか)める母親の反対を押し切り、ボクサーとして頭角を現す。
が、そこはマフィアや賭博師が跳梁跋扈する裏社会。《母から強さを、父から自制心を受け継いだ》ロッキーは、不器用で無骨な闘い方のまま《歪んだ世界Crooked
World》で勝ち進む。その闘いはリングの外のマフィアとの闘いでもあった(本書の原題は『UNBEATEN Rocky Marciano 's Fight
for Perfection in a Crooked World』) 。
世界王者となったロッキーは、アイゼンハワー大統領のホワイトハウスにも招かれ、ヤンキースのジョー・ディマジオやマリリン・モンロー、ハンフリー・ボガート、フランク・シナトラなど、数多のスターの仲間入りをする。
なかでもモハメド・アリとの交流が興味深い。黒人差別とベトナム戦争に反対し、チャンピオンの座を追われたアリを相手に、映像とコンピューターで対戦する企画に参加したロッキーは、アリと意気投合。
《俺たち二人を見ろよ。仲良いだろう》と言いながら二人一緒に黒人の多いスラム街を訪れる計画を提案。アリも乗り気だったが実現しないまま1969年8月31日、ロッキーは46歳の誕生日の前日、チャーターした小型飛行機の墜落で亡くなった(アリとのコンピューター・マッチでは対戦者も結果を知らされなかったが、映像が公開され、ロッキーが勝利した。それを知った生前のロッキーは母親に「ママ、アリに勝ったよ」とすぐに電話をしたという)。
リング上では野獣のような凶暴さを見せたロッキーも、リングの外では《紳士的で、謙虚で、家族を愛し、子供を愛し、人生を愛した男》だったという。
彼はボクシングについて、こんな言葉を残した。
《文明化されていくと、ボクシングは(将来)禁止され》るだろう。《私たちはグラディエーターのような存在になっているはずだ。歴史上の人物に……》
本書はボクシング黄金時代を鮮やかに描いた貴重な歴史書と言えよう。 |