1964年東京オリンピックのマラソンで優勝したエチオピアのアベベ・ビキラ選手は、2位以下を大きく引き離す圧倒的な強さと、哲学者のような顔貌で、多くの日本人に強烈な印象を残した。
そして、彼をテレビで見た多くの日本人が「走る」ことに目覚め、「マラソン・ブーム」が巻き起こった(まだジョギングという言葉はなかった)。
そのとき世間を驚かせたのが「皇居一周銀座ホステス・マラソン大会」だった。
それは、日頃運動不足になりがちなホステスさんたちの健康増進のため、クラブ経営者が企画したイベントで、東京五輪閉幕(マラソンの行われた日)の8日後に早くも開催された。
参加したホステスさんたちは約40名。仕事を終えた後のレースのため、スタートは午前1時40分。全員トレーニングパンツや運動着に着替え、胸には「ラモール・ボン」「ベラミ」「シャトレ・アリサ」などと、店の名前と自分の源氏名を書いたゼッケンを付け、銀座から徒歩約20分のスタート地点に集合。1周約5`のコースを走ったのだった。
優勝したのは21歳のあけみさん。23分30秒のタイムも見事なら、全員完走の結果も立派。ただし参加したホステスさんたちには、高級ブランドのバッグやクラブのお客さんへのプレゼント用の高級ネクタイなど、現在の価格で総額約3百万円の景品が贈られたため、アマチュアリズムの厳しかった当時、このレースはホステスさんたちの「余興」としか見られなかった。
が、最近NHKの『チコちゃんに叱られる』で「皇居ラン(ジョギング)」の草分けと紹介され、ホステスさんたちの見事な「走り」は、約半世紀後に立派なスポーツと認定されたのだった。
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