コラム「スポーツ編」
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掲載日2004-04-05
この文章は、デヴィッド・ハルバースタム『男たちの大リーグ』(宝島社文庫/原題は“Summer of '49”)の解説として書いたものです。アメリカ大リーグが「帝国主義的」に日本で開幕戦をおこなったものの、“非“は日本のプロ野球側のほうが大きい、という意味を込めて、ここに蔵出しします。
アメリカ・スポーツライティングの世界
 常盤新平氏が『訳者あとがき』で述べておられるとおり、本書は《ベースボールのことしか書いていない》本である。
 これは、じつは、凄いことである。じつに難しいことである、という言い方もできる。

 たとえば日本の野球界をテーマにしたノンフィクション作品は、数多くある。野球選手を主人公にした作品も、数え切れないほどある。が、そのうちの、いったいどれだけの作品が、《野球のことしか書いていない》といえるだろう?すべての「野球の本」に目を通したわけではないが、その数はきわめて少ないように思われる。

 野球だけではない。サッカーやマラソンがテーマであっても、あるいは競馬やテニスがテーマであっても同じ。日本のスポーツ・ノンフィクション作品は、スポーツそのものを描いているといえる場合が少ない。たとえスポーツがとりあげられていても、著者の力点は「スポーツマン」という一人の人間に絞られ、その人物像を浮き彫りにすることが主たるテーマとなる場合が多いのである。

 そのため、物語の中味はスポーツ以外の要素が大部分を占めることになる。一人の人間の生い立ち、家族構成、両親の育て方・・・といったことや、恋愛、結婚、家庭生活・・・などが、フィールドやトラックでの出来事と並んで、あるいはそれ以上の重みを持って述べられることが多い。スポーツマンの生き様や、スポーツマンとしての成功あるいは敗北、挫折、その克服・・・といった出来事から、著者が一つの「人生観」を見出すような作品が多いのだ。

 つまり、スポーツは単なる題材、または背景であり、著者は「人間を描くこと」を主眼とする傾向が強いのである。
 その結果、一本の見事なサヨナラ・ホームランも、ただ試合の勝敗を決定づけたホームランにはとどまらない。それが、どれほど素晴らしい試合展開のなかでの、どれほど美しいホームランであっても、さらにそれ以上の価値が求められる。そのホームランは、それを放った野球選手の人生にとって、大きな意味を持つ一打であることが求められるのだ。

 また、大試合でのエースの好投も、ただ心身ともに最高のコンディションで素晴らしいピッチングができたというにとどまらず、その投手の「人となり」を示すものとしてとらえられる。
 そのような視点――スポーツが中心にあるのではなく人間が中心にある、という視点は、何もスポーツ・ノンフィクション作品にかぎったものでなく、TVの野球中継やスポーツ新聞の報道にも散見できる。

 たとえば、ヒーロー・インタビューをするアナウンサーは、選手の子供や夫人の誕生日などのデータを頭に入れ、お立ち台に立った選手に向かって、すかさず「最高のプレゼントになりましたね」などと語りかける。また、ピッチャーのダイナミックな投球フォームがスポーツ新聞の一面を飾ることはほとんどなく、そのかわりに、完封勝利したピッチャーが帰宅後に夫人と乾杯している写真が大きく扱われたりする。さらに、活躍したスポーツマン自身のコメント以上に、母親や父親の言葉が大きく報じられることも少なくない。

「スポーツよりも人間」という視点も、ひとつの「スポーツの見方」とはいえるだろう。が、日本の社会では「スポーツそのものの価値」がまだ認知されていない証左ともいえる。
 また、それは、「スポーツのあり方」にもかかわる問題でもある。
 日本の社会ではプロ・アマを問わず、スポーツが企業宣伝や学校宣伝のために利用されるケースが多く、スポーツそのものの発展や、スポーツの発展にシンクロナイズした社会の発展といったとらえかたが、まだまだ希薄なのだ。

 その結果、スポーツそのものを書いたり語ったりすることが、スポーツそのものの利益につながらず、スポーツを支配する人物や企業の利益に直結することになるため、スポーツライターやノンフィクション作家は、スポーツを讃えることができず、おのずとスポーツマンに――すなわち「人間」に焦点を合わせざるをえない、という事情も考えられる。

 最近では、Jリーグというスポーツ(サッカー)そのものの発展と、それによる地域社会の振興を目指す組織も生まれた。が、いまだに最も人気のある野球が「スポーツ組織」(スポーツそのものの発展を目指す組織)ではなく、親会社の利益を追求する団体として存在しているため、野球を書き、野球を語ることがきわめて困難な状態にある。
 そのため、野球というスポーツよりも野球選手が過度に注目され、野球(スポーツ)から離れてまで人間を描き、人間を語ることが無意識のうちに日常化するという不幸な状況が続いている。

 メジャーリーグをはじめとするアメリカのスポーツ界にも、もちろん問題がないわけではない。
 過去には、ワールドシリーズでの八百長が発覚し、大きな社会問題となった事実もあった。また最近では、プロ・スポーツマンの年俸があまりにも高騰し、メジャーリーグのチーム数の増加は必然的にプレイのレベルダウンを生じ、フリー・エージェントでチームを渡り歩く選手が増え、去年の英雄が今年の強敵に一転する現実を嘆くファンは多い。

 しかし、ベースボール(スポーツ)が、ベースボール(スポーツ)の発展以外のことを目的とする団体の支配下に置かれるようなことは、過去にもなかったし、現在もない。アメリカのプロスポーツ団体は、金銭的利益を目的にしている。が、スポーツそのものの発展が利益を生む組織であることには変わりない。つまり、日本のプロ野球界(スポーツ界)のように親会社(企業)の利益が第一義にあるのではなく、ベースボール(スポーツ)の利益が第一義に考えられ、さまざまな改革を経て、今日まで発展してきたのである。

 アメリカのスポーツライティングの世界は、そのようなスポーツ環境のなかで大きく育った。つまり、投げて、打って、走って、勝って、負けて・・・という単純な事実が多くのひとびとに感動を与える、というスポーツの本質を、そのまま書き、そのまま語る。そのことが、スポーツ(ベースボール)の発展につながり、多くのひとびとの幸福につながるという暗黙の前提のうちに、スポーツライターたちは健筆をふるい、ノンフィクション作家たちもスポーツそのものに目を向けるようになった、といえるのである。

 それは、多くのスポーツ・ファンやメジャーリーグ・ファンにとって、幸福な環境であると同時に、多くのスポーツライターにとっても、きわめて幸福な環境ということができる。
 ヴェトナム戦争の悲劇を描いた『ザ・ベスト・アンド・ブライテスト』やアメリカ産業界の衰退を描いた『覇者のおごり』といった作品で、社会派ノンフィクション作家の地位を築いたデヴィッド・ハルバースタムも、子供のころに体験したメジャーリーグ・ベースボールを通して得た感動を、忘れることができなかった。そして五十歳を過ぎた大人になって、その体験を再現した。それが、本書というわけである。

 ハルバースタムは、本書でベースボールに関するあらゆる出来事を書き記している。ルーキーやベテラン選手の心情、監督の心理、球団オーナーやゼネラル・マネージャーの考え、アンパイアの感情、選手の夫人たちの意識、スポーツライターとの関係、試合の駆け引き、そして勝負の綾・・・。それらは、すべて「ベースボールのこと」である。
 本書は、一九四九年のヤンキースとのシーズン最終戦を回想する(というより、忘れようとしても思い出してしまう)テッド・ウイリアムスの言葉で締めくくられている。
「あのインチキなヒット。四〇年たっても、目を閉じるとあのシーンが浮かんでくる。ジークが飛び込む、ボールはラインに向かって転がっていく・・・」

 その「インチキなヒット」によって、その思い出深いシーズンの雌雄が決した。運命の一打。もちろん、その出来事から、人生の教訓を得ることは可能だ。が、ハルバースタムは、そのような作業をしていない。その一打にベースボール以上の意味を付加するようなことはしていない。じっさい、その信じられない一打のために、誰かの人生が狂ったわけでもなければ、誰かが人生のうえで成功をおさめた、というわけでもない。それは、ベースボールというスポーツのなかでの出来事であり、そのような信じられない出来事が生起するのが、ベースボールなのである。

 ベースボール以外のことは、いっさい書かれていないのが本書であり、そうして読者は、文字をとおして一九四九年の素晴らしいペナントレースを体験すると同時に、ベースボールのおもしろさを満喫することができるのである。
 しかし、読後感はそれだけにとどまらない。
 ベースボールのことしか書かれていないにもかかわらず、いや、そうであるがゆえに、そのようなスポーツを生み出したアメリカという社会、そのようなスポーツと取り組んだ男たちの生き様が、くっきりと浮かびあがってくるのである。

 スポーツライターのロジャー・エンジェルは、次のように書いている「ベースボールは人生の一部ではない。人生がベースボールのなかにあるのだ」(『シーズン・チケット』より)
 また、往年の名監督スパーキー・アンダーソンは、「ベーブ・ルースといえどもベースボールより偉大なわけではない」と語っている(『スパーキー!』より)。
 つまり、ベースボール(スポーツ)を書くこと、語ることこそ、じつは(アメリカでは)「社会」や「人間」のすべてを描くことにほかならないのだ。
 その事実は、日本のスポーツライターとして、うらやましいというほかない。

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