コラム「スポーツ編」
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掲載日2007-10-10
300万ヒット記念特集・蔵出しの蔵出しコラム
「スポーツ編」 第2弾!

スポーツ編の「蔵出しの蔵出し」は、2004年1月19日に“蔵出し”した『理性的佐瀬稔論』です。これは、今は亡き大先輩のスポーツライター佐瀬稔さんの名著『感情的ボクシング論 敗れてもなお』(世界文化社/1995年4月発行)の「あとがき/解説」として書いたもので、スポーツライティングの世界が、現在よりも文芸・文学の世界に近かった時代の文章です。それにしても最近のスポーツ・ライティングの世界は、スポーツ全般の「隆盛」と反比例するかのように、萎んできましたなぁ……。


掲載日2004-01-19 
この原稿は、佐瀬稔氏の名著『感情的ボクシング論 敗れてもなお』(世界文化社/1995年4月発行)の「あとがき解説」として書いたものです。
理性的佐瀬稔論
〈感情的ボクシング論〉

 読者は、この美しい言葉に惑わされてはいけない!
 わたしが、エクスクラメーション・マークまでつけてそういいたくなるのは、佐瀬稔氏の命名したこの素晴らしいタイトルに、わたし自身がいつも惑わされてしまうからである。
 本書の冒頭にある〈ジョーよ〉というタイトルからして、甚だしく「感情的」な言葉である。さらに〈拝啓 辰吉丈一郎様〉という書き出しではじまる文章にも、ひとりの天才ボクサーにたいする思い入れがたっぷりとこめられている。そもそも手紙という形式が用いられていること自体、感情の吐露を抑えませんよ、というメッセージにほかならない。そして(わたしをふくむ)読者は、佐瀬稔という作家が、いかにボクシングという人間的営為を愛し、いかにボクサーたちを敬愛しているか、ということを知る。
 しかし、ちょっと待ってほしい。いや、「ちょっと待てよ」と、わたし自身が自分に問いかけなければならない。

〈いうまでもなく、ボクシングと実の人生が同じわけはありませんが〉

 辰吉に宛てた手紙のなかに、さりげなく挿入されているこの一文が、はたして「感情的」といえるのだろうか。
 リング上での凄絶な闘いと、そこから生じる勝敗という結果を、彼らの人生そのものと考えてしまうのは「感情的」である。が、佐瀬氏の文章には、どこを探してもそんな短絡的な感情論は存在しない。
 リング上での勝利を、あたかも人生の勝利であるかのごとく称賛し、リング上での敗北を人間的(天性の性格的)な欠陥に起因するかのごとく批判する。そんな「感情的」な論調が横溢しているこの国のスポーツ・ジャーナリズムにくらべるなら、〈ボクシングと実の人生が同じわけはありません〉という文章を、〈いうまでもなく〉という断りまでつけて平然と書く佐瀬氏の姿勢は、「感情的」などという言葉とはほど遠い位置にある。
 その一文だけではない。佐瀬氏の文章から「非感情的」な部分を抜き出そうとすれば、山ほどある。

〈一年間にわたって試合から遠ざかり、試合直前まで、あれほどの苦渋と混乱の中にいた人物が、おのれの型をいささかも崩すことなく再現した。知の力で「情」を完璧に支配することに成功したのだ〉(『あなたの目的、なんですか』より〉

〈物が豊かになればなるほど、若者をボクシングに駆り立てる動機は形而上の思想となっていく。その思想に対する共感も広がる。高みを求めるのは高貴の心である〉(『近ごろの若い奴』より)

〈若者は3Kを嫌うという。ここには、克己・高貴・向上の3Kを求める者たちが集う〉(『モティベーション』より)

〈ボクシングに限らず、職業、人生の過ごし方、立ち向かい方、その他あらゆる分野、レベルにおいて技術を磨くことは必修の課目である。技術の習得は向上の実感をもたらす。(略)あの夜、ボクシングの試合場で観衆はレッスンを受けた〉(『思いつめて』より)

 そして、テレビのスポーツキャスターやスポーツ新聞記者のだれもが、興奮した口をそろえて「感情的」に絶賛した辰吉丈一郎対薬師寺勝栄の壮絶な一戦を、佐瀬氏は、こう書くのである。

〈この希有な才能を持つボクサーに痛ましい変化が起こっていたとすぐにわかる。攻めてはいても、パンチのタイミングが致命的に狂っているのだ。(略)その間、薬師寺はまったく冷静だった〉(『喪失』より)

 この文章の背後にあるのは、勝者薬師寺以上に冷静な眼差しであり、そのような「非感情的」な視線で闘いを見つめた結果、つぎのような結論が導き出されるのである。

〈「史上まれにみる好試合」などとしきりにはやす人がいる。絶対にそうは思わない〉

「非感情的」(「感情的」の反対語)とは、「理性的」「理知的」「知性的」「合理的」ということである。じっさい佐瀬氏の文章のなかには、明晰なボクシングの技術分析や冷徹なまでのボクサーの心理分析はもちろん、ボクシングというスポーツの歴史に関する豊富な知識と、その歴史的背景に対する深い洞察が含まれている。そのことは、ここにあらためて引用しなくても、本書を読んだ読者は、だれもが容易に理解できるだろう。
 しかし、そのような「理性的」にして「知性的」な文章が随所にちりばめられているにもかかわらず、佐瀬氏の文章全体から受ける印象は、氏自身のつけられたタイトルどおり「感情的」である。断じて、クールではなく、ホットである。ホットどころか、湯気までたっている。だから、読者の心も(わたしの心も)沸騰させられる。佐瀬氏の文章をとおして、辰吉はもちろん、ジョージ・フォアマンに、リディック・ボウに、高橋ナオトに、さらに無名の四回戦ボクサーやジムの練習生に、わたしたちは心をうばわれる。
 それは、先に引用した辰吉対薬師寺の試合に関する理知的な描写や、そこから導き出された合理的な結論が、つぎのような「感情的」な文章に流れこんでいるからでもあろう。

〈あれがいい試合なんかであるものか。平成六年のどんづまり、残ったのは、深い深い喪失感・・・〉

 とことんまでに理性的で理知的に、科学的技術分析や歴史的知識まで駆使してリング上の闘いに目を凝らし、ボクシングを見つめ、ボクサーという存在について考察する――にもかかわらず、どうしても、みずから納得できない曖昧模糊とした感情が心の奥からあふれでる。それが、佐瀬氏のボクシング観であり、それが、佐瀬氏の文章なのである。
 辰吉対薬師寺の一戦がテレビ中継されたとき、最終ラウンドまで激しく“殴り合った”彼らのファイティング・スピリットを讃えて、「技術よりももっと大切なものがあることを教えられました」などと興奮した口調で「感情的」にまくしたてたタレントがいた。が、そのような浅薄な(それゆえに世の中には安易に流布しがちな)「根性論」と、佐瀬氏の「感情論」とでは、根本のところで雲泥の差があり、それゆえ、氏の文章は、われわれの心を打つのである。
 感情が先か、理性が先か、といえば、あらゆる人間の営為は感情が先立つにちがいない。が、佐瀬氏のボクシングとボクサーを見つめる「感情」は理性や知識という精緻なフィルターをとおして、さらに“字を書く”という行為をとおして、徹底的に純化され、最後の最後に本物の感情だけが残る。そのとき純化されるのは、ボクシングとボクサーに対する感情であると同時に、自分という存在に対する感情でもあろう。
“字を書く ”という行為は、対象物(例えばボクシング)を表現する行為でもあると同時に、自分自身と向き合い、自分自身を見つめる行為でもある。にもかかわらず、対象物を表現することだけに終始したり、自分を主張することだけに力を注ぐ作家が少なくないのだが、佐瀬氏は、ボクシングとボクサーを見つめると同時に、自分という存在に向かい合い、自分の揺れ動く感情を見つめ、それを文章にする。だから、われわれは、氏の「感情論」に心を動かされるのである。

 佐瀬氏が好んで用いておられる「感情論」という言葉に、おそらく深い意味はあるまい。「喜怒哀楽のおもむくままに」「主観に片寄って」「興奮するほどに感情に走って」といった具合に、ごく普通の意味合いで用いておられるにちがいない。その言葉は、いわば佐瀬氏の読者にたいする心優しい「エクスキューズ」である。
「文筆家は、本来『感情』などに走って文章を書いたりしてはいけないのですが、ボクシングという激しくも高貴なスポーツに挑戦するボクサーという素晴らしい男たちを目の前にしては、どれほど冷静に文章を練りあげようとしても、最後の最後に心の奥からこみあげる感情を抑え切れるものではありません。そこのところを読者のみなさん、ご了解ください・・・」
 そんな意味をこめて、赤いネクタイの似合うダンディな佐瀬氏は、少しばかりシャイに「お断り」を述べておられるのである。とはいっても、その態度は、けっして斜に構えたものではない。リング上での出来事を真摯に真っ正面から見つめれば見つめるほど、そのような「エクスキューズ」を口にしなければならなくなる。それほどボクシングとは素晴らしい人間的営みである、ということを、佐瀬氏は読者に理解してほしいと思われているにちがいない。
 わたしのような佐瀬氏の後輩として文章を書いてる人間は、そのような態度こそ(ボクシングにかぎらず)文章を書くという行為の根底に持つべき基本的態度である、と教えられるのである。早い話が、佐瀬稔氏は、ペンと原稿用紙という道具をとおしてボクサーと同じ四角いリングにあがっておられるのだ。

 自戒の意味をこめて、もういちど書いておこう。
〈感情的ボクシング論〉――この美しい言葉に、読者は惑わされてはならない。
 佐瀬氏のボクシングに関する著作を読んで、「この作家は、ほんとうにボクシングが好きだなあ」という感想を漏らした青年がいた。たしかにそのとおりだが、それだけではない。「好き」などという感情だけでは、ボクシングを文字で表現することなどできない。文章を書くという行為に挑むことも不可能だ。ましてや、読者を感動させることなど、できるはずもないのである。

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