「厚底シューズ」が「話題」になっている。いや、大きな「問題」になっている。
その「厚底」には反発力の大きなカーボンプレート(炭素繊維の板)が敷かれていて、走者が足の裏で地面を蹴る力をその弾力で増幅し、前傾姿勢を保つ靴の形状と一緒になって、前方への走力を増すという(マラソンの世界記録保持者であるケニアのキプチョゲが、多くの人の助けを借りて2時間を切るタイムを出したときに履いていた厚底シューズには、カーボンプレートが3枚敷いてあった)。
実際その靴を履いて走った走者は、軒並み好記録を出しているのだから、「靴の威力」が相当なものであることは確かだろう。
そこで「厚底シューズ」を禁止しようとする動きが出てきた。が、その結論がどうあれ、現在の一流アスリートたちの世界記録や新しい技のほとんどは、人間の能力の進歩(人類の進化?)という以上に、道具の進歩に負うところが大きい。
つまり靴以外にも、トラックやスポーツウェア、スポーツ用具や時計など、道具の進歩が選手の記録や能力を引き出してくれているのだ。
現在100m走の世界記録は、ウサイン・ボルト(ジャマイカ)の9秒58だが、それはボルトの走力とともに軽量化した靴(内部はカーボンプレート?)と反発力の大きい合成樹脂製のタータン・トラック、それに空気抵抗の小さいランニングウェアと千分の1秒まで精確に測れる電子時計の存在によってマークできた記録と言える。
1964年の東京オリンピックでの100m走の優勝者はボブ・ヘイズ(アメリカ)で、彼の記録は当時の世界タイ記録10秒0だった。
が、4×100mリレーでアンカーを走った彼は、5位でバトンを受けながら前の走者を全員追い抜いたうえに、2位に3メートル近い差をつけて優勝。そのときのヘイズの100mのタイムは、《8秒5から8秒9と推定され》アメリカの新聞は《「史上最速の驚くべき走り」と評した》(R・ホワイティング『ふたつのオリンピック』角川書店より)
助走のついたリレーでの走りと停止状態からスタートする100m走のタイムを比較することはできないが、手動のストップウォッチしかなく、土を薬品で固めたアンツーカーの上を走った時代に、これだけの記録を残したということは、人間の走力そのものは半世紀以上を経ても、そう進歩していないと言えそうだ。
体操競技の床の種目でも同様のことが言える。今では4回捻りなど捻り技や回転技の回数が増え、人間の身体能力が進化したようにも思えるが、それは床の下に(選手をケガから守るため)バネが敷かれるようになった結果であり、バネなしには不可能だろう。
こうした道具の「進歩」を考えるとき、思い出されるのは義足の走者(400走者オスカー・ピストリウス)や義足のジャンパー(走り幅跳びのマルクス・レーム)が、五輪記録と互角のパラリンピック記録を出し、オリンピックへの出場を希望したときのことだ。
IAAF(国際陸上競技連盟)やIOC(国際オリンピック委員会)は「義足の威力」が大きすぎることを理由に彼らの五輪出場を拒否した。が、現在の五輪選手も、パラリンピック選手の義足と並ぶほどか、それ以上の(?)威力を発揮する道具(靴)を使うようになってきているとも考えられる。
誰もが同じ条件なら、その道具(靴)を用いてもかまわないと考えるか……、人間の能力以上の力を出させる道具は使用禁止にするか……。
判断は難しいだろうが、一流のアスリートが今や改造人間(サイボーグ)に近づきつつあるのは事実のようだ。 |