――今回のプロ野球労使交渉の結果を、どのように評価されてますか?
松原 一言でいうと「奇蹟」ですね。過去のプロ野球を考えると、もう「奇蹟」としかいいようのない出来事です。
――たしかに、江川事件やドラフト改悪など、過去には巨人の横車がすべて通ったのに、今回は通らなかったわけですからね。
松原 そうです。過去の状況のままなら、来年は1リーグ10球団で、再来年は8球団になっていたでしょう。
――何が「奇蹟」を起こしたんですか?
松原 すべてがうまくいきました。選手会長の古田、各球団の選手会長、それを支えるスタッフ、弁護士、そして支援してくれた大勢のファンの声・・・。それらがすべて巧く噛み合いました。どれひとつ欠けても、こういう動きにはならなかった。それにストを打った時期も、もっと早くやろうという意見もあったのですが、オリンピック期間中を避けたのも、ファンの支持を得るうえでプラスに働いたと思います。
――しかし、まだ予断を許さないというか、ダイエー本社が産業再生機構に送られて、新球団が準備不足で来季は無理といいだしたら、パは突如4球団になる。それでは可哀想だからと、某球団の前オーナーが再度登場して1リーグ化をいいだせば・・・。
松原 いや、それは無理でしょう。そういうことがないとは断定できませんが、そんなことをやれば、それこそ現在のプロ野球は完全に国民の支持を失い、崩壊してしまいますよ。じっさい労使交渉の席で、清武さん(巨人代表)が「1リーグには最初から誰もしようとしていない」と発言されて、まあ、その発言には僕達も唖然としたんですが(苦笑)、それなら1リーグ化は絶対にないんですね、と念を押したら、「あれは、もう、亡霊だよ」といわれた(笑)。
――親会社のトップがファンの大多数の声に押されて方針を180度変更したので、そんな言葉でごまかすほかなかったんだ。
松原 そうでしょうね。経営者側は誰も自分の言葉で喋ることができない感じでした。オリックスなんか球団の顧問弁護士が同席していましたし、きっとオーナーから、おまえの言動はチェックされてるぞ、というプレッシャーを、どの球団代表も感じてたんでしょうね。だから小泉さん(オリックス球団社長)なんか、最後の最後になって、きっと宮内さん(オリックス・オーナー)から「もう、いいぞ」とか何とかいわれたんでしょうけど、それまでキツイ顔をしていたのが、その瞬間から、まるで悪霊が抜けたように柔らかい表情になった(笑)。
――なるほど。しかし、1度目の交渉ではストを回避できたのに、2度目は物別れになってスト突入。そして3度目で妥結。この変化にはどんな動きがあったのですか?
松原 1度目の交渉のときは、とにかくストを回避したいという雰囲気が経営者側にもありました。けど、2度目にはそれが感じられなかった。1度目の交渉はフリートークで意見を出し合えたのに、2度目はまったくそういう空気が消えました。
――巨人からの脅しでもあったのかな。新球団を認めるならセに入れて、巨人はパ・リーグに行くぞ、というような・・・。
松原 あくまでも想像ですけど、そうかもしれません。そんなギスギスした空気のなかで、経営者側は、根来コミッショナーの提案もあるんだから、おまえらも手を引け、というような高圧的な態度だった。
――1度目のストは東京ドームでの巨人対中日戦だったけど、2度目は名古屋ドームだったから、読売は、中日潰しのストならかまわないとでも考えたかな(苦笑)。
松原 さあ、どうでしょう。わからないけど、巨人の代表にその前の週ほどの切迫感が感じられなかったのは事実ですね(笑)。でも、辞任をかけたか何だか知りませんが、根来コミッショナーの提案は、ストを回避するための提案としては受け入れられないものでした。プロ野球改革の諮問委員会をつくるといっても、そこで話したことをオーナー会議にあげて最終的に決めるという。それだけを提案されても、多くのファンの署名をバックに合併の凍結を第一に求めてきた選手会としてストの回避を決断できるわけがない。おまけに坂井さん(元ダイエー球団代表)がテレビで暴露したけど、根来さんは各球団にストに対する損害補償は可能だから選手には強い態度で交渉しろ、というような文書をまわしていたらしい。そんな人が辞めるなら、どうぞ勝手に辞めてください、ですよ。
<略>
――ライブドアを排除するために、現在の経営陣が楽天を引っ張り出したとも考えられますよね。
松原 まあ、その臭いを感じてる人もいるでしょう(苦笑)が、せっかくプロ野球に参入したいという会社が二つも現れたのですから、どっちかを落とすのでなく、両方入れられるとよいのですが。セパ6球団ずつでということを考えるなら、一方は準会員でファームチームの運営からといった方法をとっても良いと思います。同じ仙台になってしまったので、一つは他の地域にまわらないといけないでしょうけれど。
――シダックスの野村監督はプロ入りに大乗り気で、ライブドアも加えてセ7パ7の14球団を提唱しました。そうすれば常に交流試合を1試合組めますから面白いかも。
松原 いや、交流試合というのは、そういうものではないと思うんです。交流試合が常にあれば、もう雰囲気として1リーグになってしまいます。パ・リーグが提唱しているホーム6ビジター6合計12試合総当たりの交流試合も多すぎる。交流試合というのは、せいぜい各6試合じゃないでしょうか。それをペナントレースが開幕してちょっと落ち着く6月頃にお祭りのようにやるのがいいと思います。でないと、2リーグ制の価値がない。ですから、もしも14球団になっても、7球団ずつでなく、8球団と6球団にするべきでしょう。
――詳細はさておき、交流戦が認められたのは一つの成果といえますが、さらに選手会代表も加わっての「プロ野球構造改革協議会」(仮称)の発足も大きな成果ですね。
松原 そうですね。4年前に選手の代理人が認められて、そのときは暫定的だから協議会を開いて今後のことを決めるといわれながらついに一度も開かれなかった。さすがに今回はそういうわけにはいかないでしょうが、年に1度の協議会では困ります(苦笑)。きちんと機能させて選手会の様々な具体策を提示したいと思います。
――放送権料の一括管理とか、ドラフトの完全ウェーバー制とか・・・。
松原 そうなんですが、ドラフトを完全ウェーバー制にすれば、アマチュアにスター選手が出現したときなど、残念ながら現在の日本のプロ野球では、わざと負けて5位よりも最下位になるチームが出てくる可能性もあります(苦笑)。その対策としては下位球団の上位指名権は抽選にするとかが考えられますが、そういうことも含めて徹底的に話し合ってプロ野球界全体の発展を考えた意見を述べられるようにしたいですね。年俸の引き下げにつながる選手にとって不利益なことも、全体として有益なら主張すべきだと思っています。それは球団の収支がオープンにされてのことですが、出席者の人選とかでもめることも予想されますので、もしも膠着状態に陥るようなら、選手会で独自に諮問機関を作って、改革案を提示していきたいですね。
――しかし、今回の交渉で多くのファンもわかったでしょうが、経営者側の人達というのは、与えられた仕事をこなすだけで、野球の仕事に喜びを感じてませんよね。できれば仕事をしたくないと思ってる。
松原 ・・・(苦笑)
――私が出演したテレビの討論番組でも、終わった直後に「僕は選手会なんて怖くない。女房のほうが怖いよ」なんてバカな冗談を飛ばしてるんですから(苦笑)。そういう人物を相手にプロ野球の構造改革の話を建設的に闘わせることができますか?
松原 難しい質問で(苦笑)。まあ、正直いって、神戸のグリーンスタジアムがヤフーに命名権を売却したときに「ヤフーって何だ?」といいだしたり、ストの直前に「命名権って何だ?」っていいだす人もいて・・・。
――命名権は、今年の1月に近鉄の提案を実行委員会が否決した問題ですよね。
松原 ええ。でも、物事を考えずに、誰に付いて行けばいいかという考えだけで判断を下している人も少なくないのです。まあ、巨人に従ってればいいだろうと。だから阪神の野崎さんが独自に新提案をしたとき、自分で中味を考えなければならなくて困ったみたいですけど(笑)。そんななかで、新しい世代、スポーツ・ビジネスなどを真剣に勉強した新しい世代の経営者が育ってほしいし、そういう人ができるだけ早く、大勢プロ野球界に入ってきてほしいと思います。
――なるほど。諸問題の解決は世代交代の一語に尽きるかもしれませんが、今回踏みだした一歩はけっして小さくないですね。
松原 はい。選手たちもいろいろ苦しんだと思いますが、本当に心をひとつにして、一体感とか、自立心とか、野球への愛情とか、言葉では表現できない大きなものをいっぱい得ることもできたと思います。また今回のNPB(日本野球機構)とのことも、どっちの勝ち負けという次元の話ではないと思います。最後は“私たちは同じテーブルで球界のこれからを話し合っていくことにしました”と皆さんの前で約束したのですから。私たちもそのことには敬意を表し、どちらの領域ということにこだわらず、例えば統合球団のイメージアップとか、球界が面白くなるアイデアなどもどんどん出し合って、ファンから大きな支持を得るような改革にがんばりたいと思います。 |