コラム「スポーツ編」
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掲載日2005-10-31

村上ファンドが阪神電鉄株を大量取得したことから、阪神タイガースはいったいどうなるのか? ということが大きな話題になりました。わたしも、そのことについて様々なメディアに書いたり語ったりしましたが、ここに“蔵出し”するのは『スポーツ・ヤァ!』(角川書店)129号と『週刊ポスト』(小学館)10月28日号に書いたものを合わせたものです。

阪神電鉄VS村上ファンド――正論はどっち? いや、正論はどこに?

 ある日、ナイフを手にした男が血相を変えて我が家へ飛び込んできた。
 「おれはタイガース・ファンだ。おまえもそうだろ。球団の株式上場に賛成か反対か? はっきりしないとぶっ刺すぞ」
 おれは冷静に答えた。
 「刺してくれ」
 今回の騒動から思いついたギャグである。が、これ以外に正解はあるまい。

 阪神電鉄株を大量に買い占めた村上世彰氏は「球団(の持株会社)を上場すれば電鉄の株主価値が上昇する」といった。が、プロ野球は親会社やその株主の利益のために行うものではない。スポーツ(プロ野球)は国民共有の無形の文化財であり、それを運営する組織(球団)や施設は、社会を豊かにするための社会基盤(インフラストラクチャー)といえるのだ。

 そこで――プロ野球チームは「公共財」である。つまり「みんなのもの」である。せやのに村上ファンドは「何をするねん!」と(テレビ番組で)怒ったタイガース・ファンがいる。
 たしかにプロ野球チームは「公共財」に違いない。そのような「公共財」は、一個人や一企業によって、所有されたり、利用されるものではない。
 ならば、阪神電鉄という一企業が阪神タイガースを所有している(100%出資の子会社にしている)ことこそ、問題にされなければならないはずである。

 いや、タイガースだけではない。読売ジャイアンツも中日ドラゴンズも、ソフトバンク・ホークスも東北楽天ゴールデンイーグルスも・・・、日本のプロ野球チームはほとんどすべてが、スポーツ本来のあるべき状態になってない、といえるのだ。

 近年人気凋落が騒がれる読売ジャイアンツも、V9以来の人気独占によって莫大な黒字を得たときは、その黒字が西部読売や中部読売の赤字の補填にまわされていた。また、全国的な読売新聞の販売促進や日本テレビの視聴率向上に貢献し、読売グループ全体の利益に多大な貢献を及ぼした。

 また、かつて「徳島ハム」という名称だった四国の食品企業は「日本ハム」と改名してプロ野球チームを所有し、その会社名をチームに冠することによって、全国に販売網を広げる大企業に成長した。

 オリックスという会社も、その会社の事業内容を知っている人は少なくても、会社の名前を知らないひとは皆無といえる。それもプロ野球チームを所有したおかげといえる(プロ野球だけでなく、シダックスの野球部、神戸製鋼やサントリーのラグビー部など、日本のスポーツクラブは企業名を高めるために存在しているともいえる。また、東京六大学や高校野球の名門校など、日本のスポーツは、日本のスポーツを発展振興させる以上に、学校の名前を高めるためにも存在している)。

 昨年はパ・リーグ球団の莫大な赤字が強調され、人気凋落による利益の激減に悩むジャイアンツと結託した「球団数削減」「1リーグ化」への動きが表面化した。が、「公共財」であるはずのプロ野球チーム(スポーツ・クラブ)を所有し利用することによって、親会社が多大の利益を得てきたことも事実なのである。

 阪神電鉄は総営業路線が45.1kmで、デパートも梅田に1店舗あるだけの「小さな会社」である。にもかかわらず、近鉄(総営業路線586.7km)や西武、南海、阪急(同約150km)などと肩を並べる大会社と思われるほど全国に名を馳せるようになったのも、タイガースを所有しているおかげといえる。しかも阪神の場合はタイガース球団も黒字経営で、金銭的にも親会社の利益に貢献しているのだ。

 とはいえ、タイガースの場合は親会社があまり大きな会社ではないことからチームの企業色が薄いうえ、「阪神」という名称が地域名でもあるため、ファンにとってはチームが自分たちのもの(地域住民のもの)であるという意識が強い。

 さらに「お奉行の名前も知らず年が暮れ」という川柳もある関西地方(とくに大阪)は、江戸時代の初期に私財を投じて道頓堀川を開削した安田道頓や、近代大阪のシンボルである中之島公会堂(大阪市中央公会堂)の建設のため明治時代に100万円という巨額の資金を寄付した株式仲買商の岩本栄之助など、「官」よりも「民」が社会貢献をする伝統がある。

 大阪の米相場から生まれたデリバティブ取引と同様、近年流行りのCSR(コーポレイト・ソシアル・レスポンシビリティ=企業の社会責任)も、世界に先駆けて関西がルーツなのだ。
 そんななかで阪神電鉄は、大正時代に「東洋一」の甲子園球場を建設した。新聞の拡販やテレビの視聴率獲得に利用し続けている東京の球団の親会社とは企業文化の土壌が違うのだ。

 甲子園球場も、アメリカ大リーグのスタジアム(やヨーロッパのサッカー場)の例にならうなら、本来は地域社会のインフラ整備として税金で建設されるべきものだが、大正時代に中等学校野球大会(現在の高校野球)のための野球場がほしい、という当時の野球人の要請を受けて、阪神電鉄が建設した(その球場を所有していることから、昭和11年にプロ野球リーグを発足させようとした人々は、阪神電鉄に球団の所有とリーグへの参加を呼びかけたのだった)。

 そういう企業文化の伝統があり、しかも最近は(万年2位と揶揄(やゆ)されたり、20年間も負け続けた頃とは異なり)、会社もファンも「なかなか、うまいこといっとるやん」と思っているところへ、「株主主権論者」の村上世彰氏が乗り込んできたのである。

 村上氏は阪神タイガース球団の株式を上場すれば「阪神電鉄の株主価値が向上する」という。たしかにマンチェスター・ユナイテッドをはじめ、欧米には株式を上場して資金を調達し、健全で活発な運営をしているスポーツクラブも存在する。Jリーグのなかにもコンサドーレ札幌のようにサポーター集団が筆頭株主のクラブもあり、それが社会基盤としてのスポーツ・クラブ本来のあり方ともいえる。

 プロ野球チームを旧来どおり私物化し続け、既得権益を守りたい連中は、そういうファンやサポーター中心のやり方に真っ向から反対し、潰そうとする。が、村上氏も、結局は同じ穴のムジナといえないか?
 先に書いたように、スポーツ(プロ野球)は親会社やその株主の利益のために行うものではない。ましてや株式を大量保有している人物が会社を支配すると考える「株主主権論」は法理論上も誤りで、そのような会社運営をしたアメリカの大会社は軒並み苦境に立たされている(この部分をきちんと理解したい方は、岩井克人・著『会社はだれのものか』平凡社・刊を是非ともお読みください)。
 
 村上氏が、もしも本音でプロ野球をファンのものにしたいと考えているなら、「本丸」である読売グループの株式に手を伸ばすのが筋といえるだろう。とはいえ、彼は、ただファンドの短期的利益と出資者への利益還元を追求しているだけに違いない。それがファンド・マネージャーの「仕事」なのだ。

 可哀想なのは日本のプロ野球であり、そのファンである。利用されるばかりで、いつになったら本当の「公共財」として雄々しく自立できるのだろう?

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