東北楽天ゴールデンイーグルスの新規参入が発表され、来シーズンも12球団2リーグ制でセ・パ交流試合を行うことが決定し、新たな出発を告げたプロ野球だが、ダイエーの産業再生機構入りに伴う(ソフトバンクへの?)球団売却、西武の株式不正売買に絡んでの球団売却が相次ぎ、今年六月の「オリックス近鉄合併」に端を発した激震は、まだまだ収まりそうにない。
その震源地を探ってみると、「裏金」という問題に突き当たる。
プロ野球ファンならご存じの通り、明治大学の一場投手に250万円の「栄養費」が渡されていたことから、渡邉恒雄オーナーをはじめとするジャイアンツの球団幹部が辞任。さらに阪神球団、横浜球団も、額は小さいが同様の「栄養費」を渡していたとして各オーナーが辞任した。
が、最初に渡邊オーナーが辞任を発表したときの球界関係者およびスポーツ記者の反応は、「誰もが知ってること、誰もがやっていることなのに、なぜオーナーまでが辞任を?」というものだった。
じっさい、現在プロ野球で活躍している某有名選手が学生時代に何台もベンツを買い換えていたとか、入団を条件に選手の親の事業の失敗による数億円の借金を球団が全額支払った、といったことは、目撃者や当事者の証言から事実とされている。また、高校野球、大学野球、社会人野球の監督や部長のなかには、選手をプロに送り込むときに「仲介金」を受け取っている人物がいることも、関係者の間では常識とされている。
それらはすべて、「入団を条件とした金品授与の禁止」規定がある学生野球憲章に違反するものか、あるいは契約金の上限(1億円プラス出来高5千万円)を決めた野球協約に違反するものだが、「違反」は以前から常識として黙過され続けてきた。
プロ野球の「カネ」が社会問題として大きく取り沙汰されたのは昭和30年、中央大学から南海ホークスに入団した穴吹義雄が、猛烈なスカウト合戦の末に当時としては破格の700万円の契約金を受け取ったことだった。この「事件」は映画化もされた小説『あなた買います』(小野稔・著)のモデルとなり、プロ野球の「人身売買」に非難の声が巻き起こった。
が、札びらを切ってのスカウト合戦は収まらず、昭和33年には立教大学から読売ジャイアンツに入団した長島茂雄が、大卒者の初任給がまだ1万円にも満たない時代に1500万円もの契約金を手にしたといわれている。また、このとき、立教大学の先輩で南海ホークスの選手だった大沢啓二が、長島と、エースだった杉浦忠の二人をホークスに迎え入れるべく、彼らが三年生の頃から毎月「小遣い」を手渡していたという。
ドラフト制度ができる以前の自由競争の時代とはいえ、ジャイアンツだけでなく当時から巨額の赤字を計上していたパ・リーグ球団までが、多額の契約金を用意して選手獲得競争に参加できたのは、昭和29年に交付された「国税庁通達」が存在したからだった。
それは、親会社が「球団に対して支出した金銭のうち、広告宣伝費の性質を有すると認められる部分の金額」は「損金に算入するものとする」というもので、以来、球団への赤字補填は親会社の経費と認められるようになった。つまり、戦後の好景気から高度経済成長という追い風も受けて、親会社は「税金逃れ」の方策の一つとして球団の赤字を許容し続けたのである。
とはいえ、あまりの契約金の高騰には、いくら「損金扱い」を認められた親会社も耐えられるものでなく、王、長島の活躍とテレビの普及によって、巨大メディアが親会社であるジャイアンツへの人気偏重も加速され、赤字に悩むパ・リーグ球団が中心となり、昭和40年にはくじ引きによるドラフト制の導入が決定され、契約金の上限が定められた。
この制度は一定の効果を発揮し、広島、ヤクルト、阪急、近鉄といった弱小球団の強化につながり、V9を達成したジャイアンツも「常勝」たりえなくなった。
もっとも、この間もアマチュアのスター選手に対しては、入団希望球団の「逆指名」や、特定球団の「指名拒否」を宣言させるため、「栄養費」は使われ続け、プロ野球参入当初には豊富な資金を誇っていた西武やダイエーといった球団が、多額の「裏金」を使ったといわれている。
そんななかで、「常勝」でなくなり人気の低落傾向が現れ始めたジャイアンツが中心になって平成5年にフリーエージェント制度の導入が決定。同時にドラフトの「逆指名」制度(現在の自由獲得枠)も採用された。これは、ジャイアンツ一球団に人気のある有力選手が集中し、選手の契約金や年俸が急騰する(さらにアマチュア選手への多額の「栄養費」を要する)ことが明白なルールの「改悪」で、赤字に苦しむ球団(とりわけパ・リーグ球団)にとってはさらなる経営困難を招くことが予想された。
が、その「改悪」にパ・リーグ球団も賛成したのは、いずれいくつかの球団がプロ球界から撤退せざるを得なくなり、球団が削減された後には1リーグに再編され、ジャイアンツと試合をすることによる「利益」を見越してのことと考えられる(そうとしか考えられない)。そして今年オリックスと近鉄の合併を契機にようやくその「チャンス」が訪れた、が、その企みは「失敗」した、というわけだ。
この経緯を振り返ってみて浮き彫りになるのは、昭和29年の国税庁通達に頼って経営努力を放棄し、「裏金」によって自らの首を絞め続けたプロ野球界のあまりにも哀れな実態である。
その先頭に立つジャイアンツは、有力選手には「推定」としてメディアに発表されている2倍の年俸(すなわち裏金)を支払っているともいわれ、その「不正」あるいは「不公正」を正そうとせず、同じ「裏金」という土俵で闘おうとしたパ・リーグ球団が破綻した、というわけである。
この「裏金問題」はアマチュア球界にとっての問題でもあり、高校、大学、社会人の各球界の監督や関係者のなかには、選手をプロに送り込むことによる「仲介料」を要求する人物もいる。さらに、そのようなスポーツ選手にまつわる「金銭問題」は野球に限ったことでなく、バスケットボールやバレーボールやラグビーその他のスポーツにおいても大学から企業へ就職する際に、支度金や御礼としてのカネが動いているといわれる。
バスケットボールの日本代表選手にもなった佐古賢一は、大学関係者や先輩の推奨する企業への就職を拒否し、別の企業への就職を自ら決めたところが、卒業間際になって突然単位不足といわれ、1年間の留年を余儀なくされたという。これが我が国の体育会系スポーツの実態であり、プロ野球を含む日本のスポーツ界が、一つの産業として自立せず、認知されていない証左ともいえるだろう。
スポーツという衆目の関心を集める文化に秀でた能力を発揮する人物が出現すれば、そこには当然カネの動きが生じる。が、そのスポーツが、単なる親会社の宣伝部門であったり、教育を本分とする大学や高校の一クラブであるかぎり、カネにまつわるルールは水面下に潜り、企業あるいは大学(や高校)の内部で処理されるものに終始せざるを得ない。
欧米で20兆円産業といわれるスポーツ産業は、ポスト工業化社会の重要産業のはずだが、楽天であれ、ライブドアであれ、ソフトバンクであれ、チーム名に企業名が付く限り(チームが親会社の所有物である限り)、日本のプロ野球界(スポーツ界)の今後の発展はあり得ないだろう。 |