玉木 イタリアの優勝で幕を閉じたW杯でしたが、決勝戦もフランスと1対1の同点になったあとは、「守り合い」になってしまいましたね。
岡田 そうですね。せっかくレフェリーがフランスにPKを与えてくれて試合を面白く作ってくれたのに(笑)、面白かったのはマテラッツィの同点シュートまでだったな。
玉木 決勝戦で中味が面白かった試合というのは、ちょっと記憶にないですね。
岡田 1試合もないよ。今回も同点からあとは負けたくない試合はこびになってしまって、イタリアはピルロが前へ出れないし、フランスもアンリが下がって、両サイドの二人があがっても攻撃に人数をかけられなくなった。
玉木 おまけにジダンの退場で…。
岡田 彼らしいというか…(苦笑)。
玉木 よほど絶えられない言葉をかけられたようですが…。
岡田 ジダンは以前からワケのわからないところでカッカしたからね。「アホ」程度じゃなかったのかな(苦笑)。
玉木 今回のW杯は1試合平均2.3得点で史上2位の少なさ。守備重視が今後の世界のサッカーの一つの傾向になるのでしょうか?
岡田 W杯の傾向にはなるでしょうね。というのは、一流選手は年間約70試合をクラブのリーグ戦やカップ戦でこなし、代表に拘束されるのが50日以下になってます。そこで手っ取り早く代表チームを整えられるのは、やっぱりディフェンスだから。それに、優秀な監督も代表よりはクラブと契約するし、クラブ単独チームのほうが代表チームよりも強いといわれるなかで、W杯のあり方を根本的に考え直すような傾向が出てこない限り、W杯の守備重視の傾向は続くんじゃないかな。
玉木 クラブとの関係でいえば、日本代表を強くするためにはJリーグの改革も必要になってくると思われます。
岡田 そうですね。日本人選手がヨーロッパへ渡るのも常時試合に出られるならいいけど、出られないなら国内で経験を積むほうがベターだからね。
玉木 ヨーロッパのリーグ戦(秋から春)とスケジュールが逆(春から秋)になってることに問題はないですか?
岡田 現実問題として、寒いときに試合をやってもなかなか観客が入らないだろうし、北欧リーグなどは日本と同じような日程だから、それは仕方ないと思う。ただ、現在のように天皇杯だけがリーグのオフに長期間行われて、試合が早くなくなるチームと、いつまでも続くチームが出るようなスケジュールは変えてほしい。たとえば、12月20日くらいまでリーグ戦を続ける一方で、イングランドのFAカップのように天皇杯も並行して開催され、リーグ戦が終わった1週間後に決勝戦をやり、全チームが全日程をだいたい同じ時期に終えるようにしたほうがいい。そうしてチームによるオフのばらつきをなくして、まとまった日程を代表の強化に使うべきだと思うね。
玉木 現在JリーグはA契約選手に1チーム25名までという制限を設けてますが…。
岡田 それはもうチームにまかせればいいと思う。発足当時のJリーグなら、多くの選手と契約して経営に支障を来すようなことのないよう指導する必要もあっただろうけど、もう14年も経ったんだから、各クラブで判断できますよ。ただ、多くの選手と契約しても練習が十分にできなくなるから、一番いいのはイギリスのクラブのようにBチームを作って、たとえばJFLで試合をできるようにすること。そこで成長した選手はJリーグのAチームに上げる。マリノスもそういう2チーム構成にしたいと思うんだけど、経営上なかなか難しくて…。
玉木 代表新監督はオシムの就任で決まりそうですが、岡田さんに打診は…?
岡田 ないよ。ない。全然ないよ。なんで、そんなこと訊くの?
玉木 岡田さんにも話があったという人がいたもので…。まぁ、本当に話があったとしても話してはもらえないでしょうが…。
岡田 まあ、そういう場合は本当のことは話さないだろうけど(笑)、本当になかったんだから嘘のつきようもないよ(爆)。
玉木 だったらオシムをどう思われます?
岡田 おおいに期待しますよ。これまでの監督がやってくれなかったことを、どんどんやってくれるでしょうからね(笑)。彼とは何度か話したけど、試合だけじゃなく練習の中味も楽しみですよ。いろんな「引き出し」をもってる人ですからね。
玉木 そんななかで中田英寿の引退という「事件」がありました…。
岡田 それについてはいろんなメディアから何度も感想を訊かれたけど、別に個人の決断としていいんじゃないかな。昔、ヨハン・クライフも、家族のためといって引退したし、ほかにやりたいこともあるんだろうし、これからは、代表選手としてどうしても必要な選手というわけでもなくなるだろうしね。
玉木 話を今回のW杯に戻しますが、岡田さんの最も印象に残った試合は?
岡田 イタリア対ドイツかな…。守備重視の試合がおおいなかで、けっこう積極的な攻め合いになったからね。それに開幕戦のドイツ対コスタリカも、ラームの見事なミドルシュートをはじめ、どんなに面白いW杯になるのだろうと期待を持たせてくれた。まぁ、その期待は見事に裏切られたけどね(笑)。
玉木 ベスト・シーンを選ぶとすると…?
岡田 やっぱりカンビアッソ(アルゼンチン)のゴールでしょう。セルビア=モンテネグロ戦での。あのゴールは美しかったし、数多くつないだパスの意図がすべて合理的でひとつの目的に向かって流れていました。
玉木 印象に残ったチームは…?
岡田 コートジボワールですね。ガーナはアフリカ王者にもなったし、ある程度はやると思ってたけど、ドロクバ一人のチームと思ってたコートジボワールに、あんな組織立ったプレイができるとは思わなかった。攻守のバランスやパスワークも良くて、ディフェンスがもう少し磨かれていれば、もっと活躍できたと思う。
玉木 そして今大会のMVPを選ぶなら?
岡田 それは、もうカンナバーロで決まりですよ。彼のディフェンスは本当に見事でした。
玉木 身長が175で、日本人選手も見習えるように思えましたが…。
岡田 いや…、無理でしょう(苦笑)。背は低くてもあのジャンプ力、身体のキレ、一瞬のスピード、咄嗟の脚の出方、それに猛烈な闘争心…。その総合的な身体能力の高さというのは群を抜いてます。
玉木 以前F1のイタリアの関係者から、日本人ドライバーはS字カーブやシケインをなだらかな曲線を描いて曲がってる、といわれたことがあります。ラテン系のドライバーは、次々と直角に曲がるのに…と。
岡田 カンナバーロも、そういう鋭い動きだよね。
玉木 その違いは、技術の問題だけではなく、食べ物や生活習慣にも及ぶのか…。
岡田 それはわからないけど、リスクを冒さない安全なプレイが多くて、ちょっと寂しい大会のなかで、決勝戦でのカンナバーロとアンリの対決だけは、試合はつまらなくても2人の絡み合いを見てるだけで面白かったね。
玉木 日本の選手も、そういう相手と実際に対決する経験を積む必要がありますね。
岡田 それも、本気の試合でね。
玉木 ともかくW杯は、過去にまるでイタリアオペラの悲劇のようにPK戦で涙を呑み続けてきたイタリアが、今回は喜劇のように運良く優勝できました。じつは、イタリアオペラの喜劇のなかに、こんな台詞があります。「みんな他人をバカにして笑う。けど本当に笑うのはいちばん最後に笑う者だけ」(ヴェルディ作曲『ファルスタッフ』より)
岡田 ははははは。いつか我々も、最後の最後に笑ってみたいよね。
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