先月号に続いてスポーツベッティング(賭博)の話題を取りあげる。
というのは、先進国のほとんどで解禁されているスポーツベッティングが、我が国では刑法によって犯罪として禁止されているおり、その是非を問い直したいと思うからだ。
我が国では刑法で禁止されているうえ、最近起きたドジャース大谷翔平選手の元通訳・水原一平被告の事件があり、彼が自らも認める賭博依存症で、大谷選手の銀行口座から24億円もの預金を盗んだことが表面化した結果、「賭博=悪」との考えが、さらに広まった観がある。
そのため現在日本で考えられているスポーツベッティングの導入にも、ストップがかかっているようだ。が、水原被告が高額の賭博で失敗したのが、スポーツベッティングを刑法で禁止しているカリフォルニア州で起きたことは、留意しておく必要があるだろう。
アメリカでは首都ワシントンと38州でスポーツベッティングが合法として許可されている。
それらの州の住民は法律に従ってスポーツのチームの勝敗やスポーツマンの成績に対して、(公認の賭け屋=ブックメーカーの定めた)様々なルールに従って賭けることが可能で、また賭け金の上限なども州法で定められているため、水原被告が手を出した億単位の賭けはできないことになっている。
したがって水原被告の事件は、スポーツベッティングが禁止されているカリフォルニア州だからこそ、裏社会の非合法の賭博で起きた事件とも言えるのだ。
先々月号の本欄にも書いたが,1960年にイギリスで一切の賭博行為を一定のルールのもとに解禁する「賭博解禁法」が生まれたとき、英政府は「ギャンブルはコントロールすべきだが禁じるべきではない。禁止するためにかえって犯罪を生む」と断じた。
このときは明らかにアメリカの禁酒法(1920〜33)が念頭にあり、酒(アルコール飲料)を「人間の身体にも精神にも悪いもの」としてその販売を法律によって禁止した結果、アル・カポネを首領とするシカゴのマフィアなどの反社会勢力が闇世界の非合法販売で大儲けした事実があった。
つまり賭博も、のめり込みすぎて(アルコール中毒と同様)賭博依存症となる危険性はあっても、(酒と同様に)紀元前の人類文化の発生以来存在するものだから、禁止せずに「コントロールすべき」と判断したわけだ(イギリス政府は、3年半に及ぶ審議の結果、その結論に到ったという)。
現在、競馬・競輪・競艇・オートレース・toto以外の賭博を刑法で禁止している(犯罪としている)日本でも、スポーツベッティングの世界で禁酒法時代のアメリカと似た出来事が生じている。というのは、賭博が合法化されている国による日本のスポーツを利用した賭博行為が、合法も非合法も含めてネット上に大量に出回っているのだ。
一説によると《すでに日本のJリーグが海外で賭けの対象になっていて2兆円もの売上げがあり、日本人も海外で2000億円以上賭けている》という(作家・スポーツライター小林信也氏の発言/季刊『どう道』春号より)
また《競馬とかtotoは試合が始まる前に(賭けを)締め切る方式ですが、スポーツベッティングは試合が始まってからも賭けられる》(同)だからJリーグ中継の視聴率も上がり《DAZN(ダゾーン=スポーツ専門のオンデマンドサービス)がJリーグに10年間で約2000億円もの契約金を払う背景には、世界中でこういう動きがある》という(同)。
Jリーグだけではない。高校野球の今年の春のセンバツ大会では、優勝チームや勝ち進むチームの予想などを賭けの対象とするスポーツベッティングのサイトが、ネット上に10以上も存在し、日本語サイトもあったという(私自身、その存在をいくつか確認した)。
また、プロ野球、大相撲、バスケのBリーグ、ラグビーのリーグワン……等、多くの日本のスポーツ大会を対象とするスポーツベッティングのサイトが、すでに「合法/非合法」入り乱れて存在しているという。
何しろアメリカでは、アメリカンフットボール最大のイベントであるスーパーボウル1試合だけでも、スポーツベッティングで2兆円以上の売上げがあったというのだ。
アメリカのスポーツベッティング全体の収益は州ごとによって様々な統計が入り乱れてなかなか全貌がつかめないが、小林信也氏によれば、《日本でスポーツベッティングを導入すると年間約7兆円の売上》で《25パーセントの還元なら年間約1兆7千億円以上の財源が生まれる》(同)という。
スポーツ庁の国家予算は約361億円。totoの収益によるスポーツ界への援助は年間175億8500万円(令和5年度)。ならば、スポーツベッティングを導入することで、日本のスポーツ界は今までの約30倍もの財源を手にする可能性があるのだ。
その財源によって、オリンピックや世界選手権出場選手の強化費だけでなく、文科省が企図している中学校の(スポーツ)部活のアウトソーシングや、小学校の(スポーツ)部活の活性化も可能になるように思われる。
カネの話になると、スポーツベッティングの導入に賛成したくなる要素が次々と出てくるが、重要なことは、賭博の日本の現状(原則禁止・一部公認・一部黙認)を多くの人々が確認し、スポーツベッティングを導入するのがいいのか、しないほうがいいのか? 導入するなら、どのようなルールにするのか? しないのなら海外のスポーツベッティングに、どう対処するのか? そのような点をキチンと議論することだろう。
ただ、こういう議論に重要なのは、新聞やテレビなどのメディアのジャーナリズムとしての意見のはずだが、日本のメディアはスポーツ大会の主催社・運営社、スポーツチームの所有社として深く関わり、自分たちの利害に則った意見しか述べられないだろう。
ならば、スポーツベティングの話題が大きくなった今、日本のメディアのスポーツとの関わりを改めることからしか、話は始まらないのかもしれない。
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