東京2020オリンピック・パラリンピックが1年延期となったこの機会に、オリンピックのあり方そのものを考え直してみたい。
1980年モスクワ五輪不参加とのあとの84年ロサンゼルス大会で、片足を痛めながらも金メダルを獲得した山下泰裕氏(現JOC会長)が、故郷熊本に凱旋したとき、近所のお婆さんが近寄ってきて、お祝いの言葉を口にした。
「本当に良かったねえ。世界一になれて……」
その言葉に山下氏は少々戸惑い、笑いながら答えた。
「ボクは、これまでも世界一だったんですよ」
事実山下氏は、79年の世界選手権パリ大会以来、81年、83年の世界選手権の無差別級(95s超級)で3連覇し、押しも押される世界一だった。
が、地元のお婆さん(普通の日本人)は、オリンピックで優勝した彼を、初めて「世界一」と呼んだのだ。
20年以上前のことになるが、96年アトランタ五輪のTV特番を作る仕事で、イギリスの長距離走者ヒートリー選手と対談したときも、同じような話題になった。
彼は64年東京五輪のマラソンで、国立競技場内のゴール寸前で円谷選手を抜き、銀メダルを獲得した選手だが、私が、オリンピックで優勝しないと「世界一」と呼ばれなかった山下氏の話を彼にしたところが、ヒートリー氏は「イギリスでも同じですよ」と苦笑いしながらこう語った。
「東京オリンピックの前に、私は世界最高記録を出して世界一でした。でも家族も周囲の人も、みんなそのことは忘れてしまい、私についてはオリンピックで2位になった話しかしなくなりました。他の大会に較べてオリンピックに対する周囲の評価が高いことは知っていたので、円谷選手を追い抜くときは少し躊躇(ためら)いました。客席のどこかからライフルで撃たれるかも……なんて考えも頭に過ぎりましたよ」
4年に1度の超ビッグイベントであるオリンピックが、他の大会より特別視され、そこでの勝者が他の大会での勝者より高く評価されるのは万国共通と言えそうだ。
私自身は中学高校とバドミントン部で全国大会を目指していたが、バドミントンが(当時は)オリンピック競技でないことを、非常に悔しく残念に思っていた。
バドミントンには伝統ある全英選手権や、女子世界一を決めるユーバー杯、男子世界一を決めるトマス杯があり、それはテニスのウィンブルドン大会などに匹敵するのだ(当時はテニスも五輪競技ではなかった)と、顧問の先生に説明されても、やっぱりオリンピック競技でないことで、バドミントンは(そしてテニスも)どこか「二流のスポーツ」のように感じられた。
が、オリンピックの本来の目的とは何か? と問い直せば、それはけっして「スポーツ競技の世界一」を決める「一流スポーツの大会」ではないことは明らかだった。
オリンピックは、勝敗よりも「参加することに意義がある」と言われている。それは中学生の頃から(頭では)知っていた。
その後スポーツライターとなり、、オリンピックは身体競技だけでなく、かつては芸術競技も存在し、現在でも芸術展示が文化プログラムとして五輪開催都市に義務づけられていることや、平和運動としてのオリンピック停戦を、国連を通じて呼びかけていることも知り、オリンピックが世界選手権やW杯とは異なるスポーツ・イベントであることも理解した。
そして、そのような理想とは裏腹に、オリンピックの各大会が大きく政治に左右されてきたことも知った。
今回の東京大会の1年延期も、何とか20年の北京冬季五輪の前に開催しなければ、中国が新型コロナウイルスに打ち勝った大会として世界的に大々的に(政治的に)アピールする。だから、何とかその前に……という意図も働いた、と組織委の幹部も話してくれた。
今ではバドミントンもテニスも五輪の正式競技となり、64年には93ヶ国の5千人余が20競技163種目に参加した大会だった。が、今ではそれが、200ヶ国以上、1万2千人以上が28競技306種目に参加するマンモス会となった。
しかし、それだけ肥大化した今こそオリンピック本来の目的である世界平和を打ち出すべきだろう。そして、世界一を決める大会は世界選手権に、世界一の国や地域を決める大会はワールドカップとし、オリンピックとパラリンピックは世界平和と世界の人々の友好を目指す大会だと、はっきり打ち出すべきだろう。
そのような平和運動の一環としての大会なら、選手村に入らない(他国の選手と日常的に交流しない)選手は出場させない、といったルールも作るべきだと思うのだが……。 |