コラム「スポーツ編」
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掲載日2015-04-15
この原稿は、丸善出版株式会社のPR誌『學鐙』春号(2015年3月5日発行)に書いたものです。それを読んだ大宅映子さんはじめ、官僚の方やスポーツ関係者や、何人かの方々から、興味深く読んだ、面白かった、一度講演に来てほしい、などという感想をいただき、このPR誌が、意外と多くの方に読まれていることに驚きました。そこで、もっと多くの方々に読んでほしい……という気持ちを込めて“蔵出し”します。

日本人はスポーツを知らない。その大問題に気づかなければ……

 我が国のマスメディアのスポーツ中継はヒドイ……という批判を、よく耳にする。確かにそのとおりかもしれない。

「頑張れ」「やってくれるはずです」と、日本人選手を応援するばかりで、冷静な分析がない。多くの人が負けると予想している実力差のある試合でも、国民の期待を煽る放送をするばかりで、客観的事実はもちろん、スポーツの素晴らしさも伝えない。

 ソチ五輪のとき、外国のテレビ放送は金メダルを獲得した羽生結弦のスケーティングを短い言葉で適切に伝えていた。が、日本のアナウンサーや解説者は興奮した言葉を連ねるだけ。サッカーの国際試合やワールドカップでも、興奮して勝利を喜ぶか、敗北を悔やんで涙声になるだけ……。

 なるほど。そう言えるかもしれない。
 しかし……では、なぜ、そんなことになってしまうのだろう?

 私は、その原因は二つあると考える。
 一つは、我々日本人は、ほとんど誰もがスポーツを知らない、ということ。もう一つは、スポーツに無知なまま、マスメディアにスポーツ・イベントの主催や、スポーツ・チームの所有を許している、ということだ。

 順に説明しよう。
 我々は、小中高校大学の体育の授業で、スポーツ競技のやり方は学ぶ。しかし、スポーツを学ぶことはない。つまり、「スポーツとは何か?」と訊かれて、それはこういうものである、と自信を持って答えられる人は、ほぼ皆無である。体育の教師ですら、その質問に答えられる人はほとんどいないし、メディアのスポーツ担当にも、ほとんどいない。

 いや、「スポーツとは何か?」という質問に答えられないばかりか、たとえば「バレーボールとはどういう意味か?」と訊かれて答えられる人も、ほとんどいない。

 私は、日本人の「スポーツに対する無知」に気づいて以来、10年間近く、マスメディアのスポーツ担当者に会うたびに、「バレーボールって、どういう意味か知ってますか?」と訊きまくった。が、その意味――テニスのボレーやサッカーのボレー・シュートと同じvolleyがバレーと日本語的に訛ったもので、ボールを地面に落とさず弾き合う(ボレーし合う)ゲームの名称……と正しく答えられた人には、まだ一人も出逢っていない。

 バレーボールの選手としてインターハイに出場した経験を持つテレビのスポーツ・ディレクターも、元日本代表バレーボール・チームの一員だったスポーツ解説者も、「バレー」の意味を答えられなかった。

 たしかに「バレーボール」という言葉の意味など知らなくても、バレーボールの選手としての活躍には支障ないのだろう。だから青少年の身体の健全な発育だけを目指す学校体育の授業や部活動では、バレーボールのルールは教えても、バレーボールの意味は教えない。

 バレーボールだけではない。サッカーという言葉の意味も教えない。だから、それがアソシエーション・フットボールのassociationがassoc football→asoccer→soccerと変化して生まれた言葉だと知っている人は、ほとんどいない。

 さらに問題なのは、体育の授業では先生の指示(命令)通りに(疑問を持たずに)動くことが求められるため、疑問を持つこと自体が許されないことだ。

 もしも、なぜサッカーは手を使ってはいけないのだろう? という疑問を持つ生徒がいて、教師に向かって質問しても、せいぜい足しか使わないのがサッカーだ、という答えになっていないトートロジーでお茶を濁されるだけ。あげくに、クダランことなど考えずに身体を動かせ、と怒鳴られるのがオチだろう。

 サッカーが主として足を使い、手を使わないことには、フットボールの歴史のなかでのきちんとした理由があるのだが(与えられた紙幅で書ききれないのは残念ですが)、身体を動かすことだけを教える「体育」の教師には、「スポーツ」の歴史や文化を教えることは無理だろう。

 その結果我々日本人は、あらゆるスポーツの様々な事柄について疑問を抱くことなく、黙って鵜呑みにする性癖を身に付ける。そして、ボクシング、レスリング、テニス、バドミントン、ドッジボール……といった言葉の意味を知らないまま、それらを見たり、やったり、楽しんだりして、平気でいられるという少々不思議な意識のままスポーツと慣れ親しむようになる。

 さらに、左腕投手をなぜサウスポー(南の手)と呼ぶのか、テニスの強烈な第一打をなぜサービスと言うのか、ラグビーの得点をなぜトライというのか……といった不思議なことも、不思議と思わなくなるという不思議な状態――スポーツに対する無知をなんとも思わない状態に陥る。

 そもそも「スポーツ」という言葉は外国語で、スポーツは輸入文化なのだから、その本義をきちんと学ばなければ理解できないはずだが、学校体育では身体を動かすことと、せいぜい身体の生理機能に関することしか教えてくれない。だから我々日本人のなかには、オリンピックにかつて芸術競技が存在したことも、現在それが「文化プログラム」として存続していることも知らない人が多く、「体育の日」「国民体育大会」などと体育とスポーツがあたかも同義語であるかのように誤解している人も少なくない。

 ここではやはり紙幅の関係で、「スポーツとは何か?」という疑問に対する回答も残念ながら割愛させていただくが、そのような無知から生じる悪影響は、計り知れない。

 その最たるものが、マスメディアによるスポーツの主催や、スポーツ・チームの所有に対して、多くの人が疑問を抱いていないことだ。

 日本の野球は、高校野球の夏の甲子園大会に朝日新聞社、春のセンバツ大会に毎日新聞社が、それぞれ主催者として名を連ね、プロ野球チームの読売ジャイアンツは読売新聞社が所有している。

 そこで各新聞社(および系列のテレビ局やラジオ局)は、日本の野球というスポーツ全体が大きく発展する以上に、野球を利用したメディアの利益を追求する。その結果、高校野球が盛りあがることを望むあまり、高校生投手が肩や肘を故障することを阻止する球数制限等、アメリカでは行われている規制が日本ではできない。スポーツの正論を主張すべきジャーナリズムが機能していないのだ。

 プロ野球でも、ジャイアンツが優勝するために有利なルールとなるよう過去に何度も理不尽なルールの「改悪」が行われた。が、世の中の批判の声は、読売グループが、巨大メディアを駆使したジャーナリズムとは到底呼べない偏った言論や自社に有利な暴論によって封じ込めてきた。

 野球だけではない。箱根駅伝という関東の大学だけの地域限定特定大学によるイベントを読売新聞社が主催し、日本テレビの全国ネットで全国放送した結果、全国の優秀な高校生長距離ランナーが、ことごとく関東の大学を目指すようになり、他の地域の大学との「格差」が生じるようになった。

 しかも、箱根という現在のマラソンの国際ルールでは正規のコースとは認められない激しい高低差の存在するコースを含み、無理をしてでも襷を繋ごうとする駅伝特有のルールに全力を尽くす結果、(高校野球と同様の)バーンアウト(燃え尽き)現象を生じるようになり、日本の男子陸上長距離マラソン競技の低迷を招くようになった、と指摘する声も少なくない。
 メディアがスポーツを所有したり主催したりすると、このような悪影響を生じやすいため、多くのスポーツ先進諸国ではメディアのスポーツ界への進出を禁じている国もある。かつてメディア王と言われたマードックがマンチェスター・ユナイテッドを買収しようとしたとき、イギリス政府と議会が、それを反社会的行為として禁止したのは有名な話だ。

 が、そのような常識的措置が執られるためには「スポーツとは何か?」という認識が社会的常識として存在してなければならない。つまり、スポーツとは公共の文化的財産であり、特定の企業や組織によって独占されるものではない、という認識がはっきり存在しなければならないのだ。ましてやジャーナリズムを担うべきメディアによる所有や支配(主催)は、スポーツの健全な発展を阻害する(と同時に、真っ当なスポーツ・ジャーナリズムも存在しえなくなる)という認識が、常識として存在するようにならなければ、日本のスポーツ界の発展も、スポーツ文化の定着も、スポーツによる健全な社会の建設も、すべてあり得ず、日本のスポーツは、イベントのあるたびに騒がれ、消費され、消えていくだけの存在に終わるだろう。

 スポーツに対する無知の代償は大きい。それは単に日本のスポーツ・アナウンサーや解説者の表現が稚拙だ、といった問題に留まらない。それは、日本の社会全体に関わる大問題であり、2020年東京オリンピック・パラリンピックを開催するにあたって、さらにスポーツ庁が新設されるにあたって、克服されるべき最大の課題といえるだろう。

 
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