予算が当初の予定から6倍にも跳ね上がれば、民間企業なら責任者はクビだろう。が、国の役所は、そうならないものらしい。
昨年12月、2020年東京オリンピック・パラリンピックの運営費が1兆8千億円になると発表された。
当初(五輪招致運動時)の予算が約3千億円だったから、6倍増。こんな杜撰な計算を軽々しく発表されたら、国民はただただ呆れるほかない。
しかもこの数字を発表したのはNHKだけ。どうもこれは五輪組織委が意図的にリークした「観測気球」のようなものらしい。
というのは大幅な予算膨張、経費増加が正式に発表されたとなると、責任問題に発展するから、情報を小出しにして国民の耳を痲痺させておこうという魂胆だという。
そう言えばこの「NHK発表」以前には森喜朗組織委会長が、運営費は「最終的に2兆円を超すかも」と発言。メディアは、その数字に驚きながらも、ロンドン大会も2兆円、ソチ冬季大会は5兆円、さらに半世紀前1964年の東京五輪も「1兆円五輪」と言われた、などと報道した。
が、同じオリンピックだからと言って、比較できない数字を持ち出して並べるのは論外。ロンドンもソチも道路や鉄道の建設等、都市改造のためのインフラ整備に要した費用を加えての話であり、64年の東京五輪も、新幹線、地下鉄、首都高速道路、名神高速道路等の建設を含めて「1兆円五輪」と称されたのだった。
ところが20年東京大会の1兆8千億円というのは、テロ対策の警備の費用や、分散した会場に選手を運ぶための運送費、高速道路専用レーン使用料等、五輪後のレガシー(遺産)としては、カタチが何も残らないものに投じられる、純粋な運営費なのだ。
そのうち1割にあたる1千8百億円が、高速道路の専用レーンを設けるための費用だという。そこで頭に浮かぶのは、昨年の本誌12月号に書いた「五輪ゴルフ会場問題」だ。
まったく理由が判然としない(「慶応閥」という学閥と、利害関係者の手によって決められたとしか思えない)まま、五輪のゴルフ競技の会場は、都心から50キロ以上離れた埼玉県川越市にある霞ヶ関カンツリークラブ(CC)に決められた。
当初予定されていた東京湾の選手村のすぐ傍にあるパブリックコース(東京都所有)の若洲ゴルフリンクス(GL)を使用すれば、高速道路の専用レーンを設ける必要もなければ首都高速道路株式会社などに支払う損失補償費も減らすことができる。もちろん警備のための費用も格段に安くなる。
ところが霞ヶ関CCの場合は、都心南部と埼玉西北部を結ぶ50キロ以上の高速道路に、最低でも1週間近くに渡って、男女の選手専用の自動車走行レーンを設けることになるため、その損失補償費や警備費用が必要になる。もちろんプライベート・コースである霞ヶ関CCを「使わせてもらう」ために、霞ヶ関CCにも営業補償費や施設改造費を支払う必要があり、その費用も1兆8千億円の運営費には含まれているはずだ。
五輪に若洲GLを使うなら、たとえ費用がかかっても、それはレガシーとして残り、そのレガシーは多くのゴルファーが享受できる。が、霞ヶ関CCという超高級プライベートコースでは五輪のレガシーを享受できる人が、ごく少数の会員(エリート)に限られる――という話は以前にも書いた。
そんな「経費」の積み重ねの結果が1兆8千億円と言うのでは、これは容認できる問題ではない。しかも国際オリンピック委員会(IOC)からの分配金やスポンサーの協賛金など、運営費として使うことのできる収入が見込まれる額は、約4千5百億円。1兆円以上の不足分は、国税や都税の税金から補填する以外ないという。
ここで思い出すべきは、64年の東京リンピックだろう。
それは確かに、日本の戦後復興を国際的に示すと同時に、高度経済成長をも牽引した素晴らしい祭典だったと言える。が、それが幕を閉じた翌年、日本経済は、祭りの後の虚しさとも言うべき反動による「五輪不況」に見舞われ、企業の倒産が続出。政府の税収も落ち込んだ結果、補正予算で2950億円の赤字国債を発行した。
当時の佐藤内閣は「あくまでも特例」と発表したが、この時以来の赤字国債の恒常化の結果、現在の財政の負債総額は地方を合わせて1千兆円を超す。そのきっかけが64年の東京オリンピックだった、という言い方が正しいのか否か、その判断を下すことは(背景に複雑な経済事情や政治事情があるだろうから、経済学者でも政治学者でもない)小生にはできない。
が、財政の建て直しが叫ばれ続ける現在、1兆円単位の「オリンピック特別支出」は、やはり当然見直されるべきだろう。
当初は「コンパクト五輪」が標榜され、半径8キロ圏内に85パーセント以上の競技施設を設ける……とされていた。が、新しい施設や仮設の施設を建設するより、既存の施設を利用して経費を節減しようということで、レスリングなどの会場を有明から幕張メッセに移し、バドミントンを江東の新設会場から調布の既存施設に移し、セーリング(ヨット)を東京湾から藤沢の江ノ島に移し、自転車競技のトラックとマウンテンバイクを武蔵野の仮設会場から伊豆修善寺のペロドロームに移すなどして2千億円以上の経費節減ができた……と発表されたのも束の間。
今度は、競技会場の場所が広がってしまい、警備や移動に経費がかかって3千億円が1兆8千億に……というのでは、笑止千万。もはや、あまりの財政運営感覚の無さに、呆れて笑うほかない。
が、そんななかで五輪ゴルフ会場の若洲GLから霞ヶ関CCへの変更は、最も早い時期に(20年五輪決定直後から)決まっていたというのだから、それを決めた(慶応閥の)方々は、機を見るに敏というべきか。しかし、オリンピックの運営費高騰の結果、日本の財政再建が頓挫、しかもレガシーなき最大の出費がゴルフ会場の遠さのため……というのでは、嗤うに笑えない。
今からでも遅くはない。五輪ゴルフ会場は若洲GLに戻すべきだろう。いや、霞ヶ関CCのほうが五輪会場として優れている、と主張する人には、その理由を(筆者には全然わからないので)披露してほしいものだ。 |