「Hi Betty、調子はどうだい?」
「Hi Jack、相変わらずよ。仕事が多くてイヤになっちゃう」
「仕事が多いのは、悪いことじゃない。なくなったら困っちゃうよ」
「そうね。あなたの言うとおりだわ」
「しかし、Betty、我々の部署で、そんなにたくさん仕事があるってのも不思議だね」
「あら、Jack、あなた、ホワイトハウスから緊急メールが届いたの、知らないの?」
「知ってるさ。日本に対する年次改革要望書の件だろ」
「そう。日本のスポーツ界に対する問題点を早急にまとめて提出しろっていうの、読んでないの?」
「もちろん、読んでるさ。でも、日本のスポーツ界に対する改革の要望なんか、別に何もないから」
「何もない?」
「そう。今年のオフには、Matsuzaka も Iwamuraも、日本のプロ野球を辞めて、ポスティング・システムでメジャー入りすることが確実だしね。これからも日本の優秀な野球選手は、続々とメジャーに入ってくるから、何も困ってないよ」
「WBCで優勝できなくて、大恥をかいたわりには、お気楽ね」
「名誉よりも実利。アメリカはプラグマチズムの国なんだよ。WBCは、我々が世界のベースボールの中心だってことを示せれば、それでよかったのさ。どこの国が優勝しようと、世界のプレイヤーがアメリカへやって来て試合をして、誰もがメジャーでやりたくなる。世界のベースボール・ファンも、アメリカのスタジアムでの試合を衛星放送で見て、MLBを見たくなる。それで十分。キューバだけには優勝してほしくなかったから、日本には大感謝だね」
「でも、Jack、日本のスポーツ界の問題はベースボールだけじゃないのよ。スポーツ用品のマーケットが、いまもって閉鎖的なままだってことは、わかってるでしょ?」
「ああ。もちろん。いくらファッショナブルなスポーツ感覚でアメリカの商品を売っても、学校体育や課外活動のスポーツクラブは、昔からの特定業者とつながってるもんだから、生徒のユニフォームから用具まで、全部まとめ買いされて、アメリカ企業が入り込めないってことだろ?」
「ええ。かつての金属バットの輸入規制問題以来、状況は何も変わってないのよ」
「ああ、Betty、美人が目くじらたてるのは、可愛くないね」
「あら、Jack、いまの言葉はセクハラぎりぎりよ」
「ごめんごめん。でもね、日本の学校体育とスポーツ産業の癒着は、放っておいたほうがいいんだ」
「どうして?」
「学校や企業がスポーツクラブを運営してるかぎり、日本のスポーツ・ビジネス・マーケットは広がらない。はっきりいって、人気はあがらないからね」
「あら、そうかしら。今年の高校野球なんか、相当に盛りあがったみたいだけど」
「ハンカチ王子のことかい? 偶然ヒーローが生まれただけだよ。それに、学校スポーツであるかぎり、大きなビジネス展開はできないから、どれだけメディアやファンが騒ごうと、マーケットとしては小さいままだよ」
「そのマーケットを広げて、私たちのスポーツ産業が入り込むべきなんじゃないの?」
「いや、それは、どうかな。スポーツ・ビジネス・マーケットの本当の大きさに、日本人は、いまのところ気づいてない。その気づかないままのほうが、我々にとっては好都合なんだよ」
「それって、どういうこと?」
「いまの日本のスポーツ界は、プロ野球もふくめて、所詮は企業に抱えられているか、学校のスポーツだから、リーグもチームも、ビジネス戦略なんて何も持ち合わせていない。だから、いずれは行き詰まって、プロ野球はメジャーリーグの一部になる。ナショナルリーグかアメリカンリーグの極東地区として、日本から4チームか6チームをメジャーリーグに参加させる。現在のプロ野球やアマチュア野球は、その下部リーグになる。そうなれば、日本のプロ野球は完全にアメリカの一部になるんだよ」
「でも、そんななかで、日本のチームがワールドシリーズに優勝すれば、どうなるの? アメリカ人の面子は丸つぶれよ。WBCみたいに……」
「Oh、No、Betty、僕の話をきちんと聞いてくれよ。日本のチームはアメリカのメジャーリーグのチームになるんだよ。日本のチームじゃないんだ。選手はもちろん日本人だけじゃない。外国人選手枠なんてメジャーのルールにはないからね」
「なるほどね。Matsuiはヤンキースに、Taguchiはカージナルスに残ったまま、日本のチームにもアメリカンやカリビアンが大勢加わるわけね」
「そういうこと。メジャーは人種差別を許さないからね。日本人優先のチームなんて、コミッショナーが認めない。そうして、日本の野球は完全にアメリカの一部になる。ところが、そうではなくて、日本人がスポーツ・ビジネスのマーケットの大きさに気づいて、プロ野球がスポーツ・ビジネス戦略を展開して、独自のマーケットを開拓したら、どうなる? かつて年間5億円程度のマーケットしかなかった日本のサッカー界が、Jリーグをつくって以来、あっという間に100倍以上、700億円ものマーケットに広げたように、いま、1000億円程度の日本の野球界のマーケットが10倍にでもふくらんだら……」
「新潟や四国にもプロ野球チームが生まれて、多くの日本人の野球ファンが、自分の町のチームを応援するようになって……選手のメジャー志向が薄らいで……日本シリーズの優勝チームとワールドシリーズの優勝チームで、世界一を争おうと言い出すでしょうね……」
「韓国や中国や台湾も巻き込んで、リアル・ワールドシリーズをやろうと言い出すかもしれない。相対的にアメリカのメジャーリーグの支配力が落ちる。いや、それだけじゃないね。プロ野球の成功を見習って、バレーボールの完全プロリーグ化も始まるだろうし、分裂してるバスケットボールも一つになって、多くの日本人が自分の町の“おらがチーム”を見るようになると……」
「アメリカのスポーツが、コンテンツとして販売しにくくなる……」
「そう。NHKも、MLBやNFLやNBAの試合に、いまのように高額な放送権料を支払ってくれなくなる。だから日本のスポーツは、学校体育と企業スポーツのまま、閉鎖的にマーケットを広げず、おとなしくしていてくれればいいんだよ」
「なるほどね」
「我らの“ナショナル・パスタイム(国民的娯楽)”を、サッカーのような“世界のスポーツ”にしちゃいけないんだよ。あくまでも、我々アメリカが中心でないと……」
「そうね、Jack、あなたの言うとおりだわ。それに、日本のプロ野球が将来メジャーリーグの一部になったら、日本人の意識も変わるでしょうしね」
「そのとおり。スポーツは文化だからね。日本のプロ野球がメジャーリーグの極東地区に加われば、日本人の意識として、日本はアメリカの一部、51番目の州になったように思うだろうね」
「そのためには、日本のスポーツ・ビジネス・マーケットは広がらないほうがいい……」
「そのとおりだよ、Betty、我々の保険会社が日本に進出するためには、ユウチョやカンポを潰す必要があったし、次はケンコーホケンも潰す必要があるけど、我々のスポーツが進出するためには、いまのままでいいんだよ。だから僕たちは、年次改革要望書なんて書かないほうがいいんだ。仕事なんて、しないほうがいいこともあるんだよ」
「まあ、Jack、あなたって、本当に頭がいいのね」
「それでも仕事がしたいっていうのなら、二人で日本へ行って、英会話教室でもやろうか」
「いいわね。MLBやNFLやNBAのゲームのアナウンスを教材にしてね」
「いいねえ。アメリカのスポーツ界とタイアップして費用を出させよう。アメリカン・スポーツの海外進出を後押しするんだから、ホワイトハウスの外交部も援助してくれるよ」
「やりましょうよ。スポーツを楽しみながら英会話が身に付く! Jack & Betty は駅の前!」
「それ、きっと、日本人にも、ウケるね……」 |