コラム「スポーツ編」
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掲載日2014-01-15
 この原稿は、朝日新聞社ジャーナリスト学校の発行する『Journalismジャーナリズム』という雑誌(販売は朝日新聞出版)の編集部員の依頼を受けて書いたものです。現在のマスメディアが多くのスポーツ・イベントを主催したり、スポーツ・チームを所有したりしていることによって、スポーツ・ジャーナリズムが真っ当に機能していないこと、それどころか日本のスポーツ界に多くの弊害をもたらしていること、そういったことを、朝日新聞と高野連、高校野球の関係も例にあげて書き切ってほしい、というのが編集部担当者の原稿依頼の主旨でした。そこで小生は、喜び勇んでそのような原稿を書いたのですが、なぜか『Journalismジャーナリズム』の編集長は、この原稿の掲載を拒否。理由は、「今書いてもらうなら、オリンピックについてであるから、書き直してほしい」とのこと。だったら、この原稿は、高校野球の時期が来たら掲載してもらえるのか? と訊くと、編集担当者は「確約はできません」と言って、編集長との連絡が不十分だったことを謝るばかり。
 朝日新聞社ジャーナリスト学校の刊行物である『ジャーナリズム』に小生のスポーツ・ジャーナリズムに関する原稿が載らなかった(編集長によってボツにされた)のは非常に残念なことですが、いつの日か朝日も(そして読売も…)真っ当なスポーツ・ジャーナリズムを展開するようになる日が訪れることを切望しながら、朝日ジャーナリズムが没にした原稿を今年(2014年)になってNOBORDER SPORTSで公開しました。その原稿を、本HPでも“蔵出し”します。

体育からスポーツへの大転換の時代――スポーツ・ジャーナリズム、スポーツ・ジャーナリストに求められることは?

 2020年東京オリンピック・パラリンピックの開催が決定した。それをきっかけに日本のスポーツ界は、スポーツ庁新設の動きが本格化するなど、大きく変化しようとしている。そこで危惧されるのは、日本のスポーツ界とマスメディアの関係である。

 たとえば野球。高校野球は朝日新聞、社会人野球は毎日新聞、プロ野球は読売新聞とのつながりが強いことは周知の事実。各新聞社は自らの紙面や系列のテレビ局・ラジオ局の放送などを通じて、自社のメディア・グループが主催・後援する野球大会を宣伝する。そして新聞の拡販やテレビ視聴率のアップにつなげ、利益を得ようとする。その結果どのメディアも、自社の関係する野球のイベントに対して真っ当なジャーナリズム精神(批判精神)を失い、逆に野球というスポーツの価値を損なったり、選手を傷つけたりしているというのが実状だ。

 昨年(2013年)夏の高校野球は猛烈な酷暑のなかで行われた。予選では熱中症で倒れる選手が何人も出た。甲子園の試合では、NHKのテレビ中継の画面の周囲に戸外でのスポーツを避けるようにとの注意書きが流れたりもした。しかもそんな環境のなかで、延長10回183球もの投球をした投手が現れた。この2年生の投手は春のセンバツ大会でも、9日間で772球も投げていた。それは「メジャー投手なら平均6週間で投げる球数」だった(Number Webより)。そして9月の秋季大会1回戦に先発し、右肘に違和感を覚えたこの投手は、MRI(磁気共鳴画像装置)検査の結果、右腕の尺骨神経痲痺で全治1ヶ月と診断された。

 この事態に対してスポーツ・ジャーナリズムが真っ当に機能すれば、高校生の未来を奪う「球児虐待」的な行為を行わせたチームの監督や、それを黙認した主催者を糾弾する声が出るはずだ。そして投手に球数制限を設けたり、連投の禁止、あるいは日本体育協会の指針に従って気温35度以上の時の試合を禁じたり、夏の大会を北海道などの涼しい地方に移す……など、様々な改善策が新聞やテレビで打ち出され、検討されるはずである。

 が、それらの声は一部のネット上で騒がれただけ。主催新聞社はもちろん主催でない新聞社も、またそれらの系列の電波メディアも、誰も高校野球のあり方を批判する声を(少なくとも大きな声は)あげなかった。つまり高校野球に関して、スポーツ・ジャーナリズムはまったく機能しなかったのだ。

 ……と書いていて虚しさを感じるのは、こういった問題を私は30年以上も前から書き続けてきたからだ。酷暑のなかでの投手の投げすぎだけでなく、高校生がすべて大人(監督)の指示(サイン)によって動かされ、自分で考える力が奪われていることや、夏の大会の予選のスケジュールと1学期末の試験期間の重なる学校が多く、勉強を等閑にしている(せざるをえない)野球部が少なくないこと……等々の事実を、私は雑誌に書いたり、テレビやラジオでも口にしてきた。

 テレビ朝日の朝のワイドショーがプロ野球のストライキ問題(2004年)を取りあげたとき、コメンテイターとして出演した私は、次のような発言をした。「いちばんの原因は選手やファンの声に耳を傾けず、自分の利益ばかり考えている読売新聞の渡邉恒雄氏の存在です。が、誰もそのことを言わない。それは高校野球や社会人野球でも同じ。野球ではジャーナリズムが機能しない。それこそが最大の問題です」

 その瞬間スタジオは凍りつき、他のコメンテイターは下を向き、司会者がさりげなく話題を変えたことを今も憶えている(その後その番組に呼ばれる回数が激減し、相撲や柔道やオリンピックの話題に限られるようになったのは、この発言が影響したのだろうか?)。

 あるスポーツ好きのお笑いタレントが、次のように嘆く声を聞いたこともある。「政治批判や自民党批判はいくらでもできる。けどプロ野球批判、巨人批判、高校野球批判は、テレビやラジオでは絶対タブーですね」

 ある地方の朝日新聞の支社から、スポーツに関するシンポジウムのコーディネーターを依頼されたときは、私の友人でもあるロバート・ホワイティング氏やマラソンの有森裕子さんなどが参加した。が、そのときパネラーの一人として参加した朝日の記者から、シンポジウムの前にこう言われた。「申し訳ないけど高校野球の話題が出たときは、私に振らないでください。喋りにくいですから……」

 私は別にシンポジウムの主催者をわざわざ批判しようとも思わず、スポーツの素晴らしさを語り合うには高校野球を取りあげる必要もなかったので(という以上に、スポーツとしては取りあげることのできない話題だったので)、笑顔でその申し出を受け入れ、シンポジウムは楽しく有意義に終了した。

 とはいえ、主催者からスポーツの話題の一つとして高校野球もテーマに取りあげてほしいと言われていたら、どうなっていただろう? 真夏の炎天下で行われる高校野球を断じてスポーツとは思っていない(もちろん体育教育とも思えない)私は、シンポジウムの仕事を断るほかなかっただろう。

 じつは10年ほど前には、朝日新聞の運動部記者から、夏の甲子園大会開幕特集のエッセイの執筆を依頼されたことがあった。私は、仰天した。「私の意見を本気で書いてもいいの?」と訊くと、今度は相手が驚いた。そこで私は、原稿に書きたい中味の一部を電話の向こうの相手に披露した。すると執筆依頼はすぐに撤回された。私の高校野球論を知らない連中が、若いスポーツ記者のなかに出現したことを少し寂しく思いながら、私は一人で苦笑いするほかなかった。

 しかし本原稿の依頼主と同様、確信犯的に自らのメディアのあり方(やり方)に疑問を持つ担当者から、仕事の依頼を受けたこともある。それは日本テレビのディレクターだった。先のテレ朝の番組に出たのと同じ年のオフシーズン、プロ野球はどうあるべきかというテーマで討論番組を作るので出演してほしい、との依頼を電話で受けた。

 そのとき私は、その申し入れが信じられなかった。私が本気でプロ野球について発言すれば、渡邉恒雄氏批判にならざるを得ない。ドラフト制度もフリーエージェント制度の導入も、ジャイアンツに有利な「改悪」ばかり行い、ついにはすべての野球ファンの意見を無視して球団数の削減、1リーグ化に手を付けるなど言語道断……。そんな内容を、日本テレビで喋れるとは到底思えなかった。

 ところがディレクター氏は、それを喋ってほしいと真剣に言う。ならば……と出演を快諾したが、本番の3〜4日前になって、やっぱり上司の許可が下りず番組は中止になった、との電話がかかってきた。残念ではあったが、私はさほどショックを感じなかった。という以上に(少々オーバーに言うなら)胸が暖かくなるのを感じた。自分と同じような考えを持つ人物の存在が嬉しかった。そのような人物が増えていけば、やがていつの日かマスメディアとスポーツの関係も改善されるときが来るに違いない。

 メディアが既得権益を手放すことは考えられず、自らスポーツ・イベントの主催や後援から手を引いたり、球団を手放したりすることも、あり得ないかもしれない。しかしだからといって日本にはスポーツ・ジャーナリズムなど存在しえない、と悲観的に諦めるのではなく、現状では無理でもいずれ改善されるときが来る、と楽観的に未来を展望するほうが自分の心の健康にもプラスで、メディアとスポーツの関係改善に少しでも貢献する意見を言い続けることもできるに違いない。

「悲観主義は気分の問題だが、楽観主義は意志の問題である」という言葉を残した哲学者が誰だったかは忘れたが、ベルリンの壁でも崩壊したのだ。不合理なことは、やがて改善されるときがくるはずだ。

 もちろん楽観主義だけで、問題が解決できるわけではない。注意しなければならないのは、無知から生じる誤解だ。あるいは誤解からさらに広がる無知だ。

 高校野球と同様、マスメディアが主催者となり、スポーツ・ジャーナリズム(批判精神)が機能しなくなった結果、人気は素晴らしく上昇したが、どうも間違った方向に進んでいるとしか思えないスポーツに、駅伝がある。

 その人気の頂点にあるのが箱根駅伝。正式名称は東京箱根間往復大学駅伝競走。主催は関東学生陸上競技連盟と読売新聞社。系列の日本テレビが1987年から毎年正月2日間にわたって生中継するようになって以来、正月の恒例行事として全国的な人気を博すようになった。ただし、これは全国規模の大会ではなく、あくまでも関東に本部を置く大学の駅伝大会である。全国規模の大学駅伝大会は、日本学生陸上競技連合・朝日新聞社・テレビ朝日・名古屋テレビ放送の主催する全日本大学駅伝(正式には、秩父宮賜盃全日本大学駅伝対校選手権大会)が、別に存在する。

 しかし正月という時期、箱根という美しい景観のためか、駅伝といえば箱根と誰もが連想するほどの人気を集め、全国の優秀な高校生男子長距離ランナーの多くが関東の大学へ進学するような偏向した状況まで生み出してしまった。さらに20キロ前後の距離を必死になって襷をつなごうとする走り方や、標高差800メートル以上の箱根の山を駆けあがったり駆け下りたりする特殊な走り方が追求された結果、日本の優秀なランナーたちが「いくら駅伝が強くなっても、それがトラックや他のロードレースの結果に結びつかない」という状態に陥ったという(生島淳『駅伝がマラソンをダメにした』光文社新書)。

 それは箱根駅伝だけのせいではない。「駅伝がマラソンをダメにしている」のは「陸上界では長く考えられてきた問題である。しかしあまり一般の人に触れられることはない。それはなぜか? 答えは簡単である。新聞、テレビといった報道機関が駅伝、マラソンを主催していて腫れ物に触ろうとしないからだ」(前掲書)ここでもマスメディアはスポーツ・ジャーナリズムを放棄してしまっているのだ。

 しかし、日本の男子マラソンの低迷がさらに続き、箱根駅伝に対する批判の声が高まったとしても、箱根駅伝のファンはいなくならないだろう。肩を壊して将来を奪われる投手や熱中症で倒れる選手が何人出ようと、高校野球ファンはいなくならないのと同じだ。

 寒風のなか晴れ着姿で見守る人がいる正月に、箱根路を走って美しい景観を見せてくれる箱根駅伝も、真夏の太陽が眩しく輝くお盆の時期に、全国から坊主頭の若者たちが甲子園に集う高校野球も、どちらも素晴らしい舞台装置を備えた魅力あふれるイベントではある。だから人気があり、マスメディアはその人気(利益)を手放すことができないでいる。

 一方、スポーツという規準で見直すと、どちらのイベントも欠陥だらけで、けっしてスポーツとは呼べない要素が数多くあることに気付く。改めて言うまでもなく、箱根駅伝のような激しい高低差の坂道を走るロードレースは、国際ルールの長距離ロードレースとしては公認コースと認められていない(記録が承認されない)。アメリカでは投手の球数制限も当然設けられている。だからマスメディアはスポーツ・ジャーナリズムを放棄しなければ、それらのイベントを主催できない、とも言える。両者は「日本独自のスポーツもどきの(スポーツとは似て非なる)イベント」と言うべきかもしれない。

 そもそもスポーツとは、我々日本人にとっては明治初期の文明開化期に欧米から伝播した輸入文化であり、「スポーツとは何か?」と問われて、すぐに自信を持って答えられる人は少ない。学校の体育の授業でも「スポーツとは何か?」ということは教えてくれない。だからいまでも、体育とスポーツの区別の付かない人も多い。さらに、「体育の日」「国民体育大会」「日本体育協会」「日本体育大学」といった言葉が「Health and Sports Day」「National Sports Festival」「Japan Sports Association」「Nippon Sport Science University」の訳語として存在するため、本来はまったく異なる概念の「スポーツ(Sports)」と「体育(Physical Education)」が、あたかも同一のものであるかのような誤解まで蔓延している。

 ここでは簡単に、スポーツとは誰もが自発的に楽しんで行うものであり、体育とは若者の心身を鍛えるために強制的に行わせる身体運動、と説明しておくが、この異なる2種類の身体活動を「スポーツ=体育」と誤解するところから、ますますスポーツに対する無知が増幅されることになる。

 たとえば「バレーボールとはどういう意味か?」と問われて、それはVolley Ballで、テニスのボレー(volley)や、サッカーのボレーシュート(volley shoot)と同じ。ボールを地面に落とさないでプレイするスポーツ……と答えられる人が、はたしてどれほどいるだろうか?

 同様に、サッカーとはどういう意味か? サッカーはなぜ足しか使ってはいけないのか? ラグビーはなぜボールを前へパスしてはいけないのか? テニスとはどういう意味か? テニスはなぜ15・30・40というポイントの数え方をするのか? 野球で左腕投手を何故サウスポー(南の手)と呼ぶのか? アメリカでgame over という言葉を、日本では何故ゲームセットと言うのか?……などなど、スポーツには即座に答えられない疑問、学校の体育の授業で教わらなかった問題が、山ほど存在する。

 それらの疑問に対する回答は、心身を鍛えるのが主眼である体育では不要と考えられてきたのだろうが、そのような理屈を知らなくても、スポーツを、見て、やって、楽しむことができるのも事実である。しかしスポーツ報道やスポーツ・ジャーナリズムに携わる人間がそんな無知では、ジャーナリスト失格、スポーツ・ジャーナリスト失格というほかない(元の原稿には書かなかったことをここでヒトコト挿入します。朝日新聞社ジャーナリスト学校は、今書きあげたようなスポーツに関する基礎知識を教えているのでしょうか? また教えられる人が存在しているのでしょうか? 朝日新聞社ジャーナリスト学校が発行する月刊誌『ジャーナリズム』の編集長は、スポーツもテーマに扱うジャーナリストとして、当然基礎知識を身に付けておられるでしょうが……)。

 スポーツのルールや技や、その呼称などは、遠い過去に成立した結果、いまでは推測や想像で語るほかないものもある。が、それらには、すべて理由がある。スポーツとは人間が創りあげた文化であり、そこには人間が歩んできた歴史の足跡が刻み込まれているのだ。それを知らずに、スポーツを伝え、語ることなどできないはずだ。

 もちろん日本の高校野球やプロ野球や箱根駅伝やその他の駅伝大会も、日本の文化と言える。が、それらは、はたして「スポーツ文化」と呼べるものかどうか。その検証をすることも、ジャーナリスト、スポーツ・ジャーナリストの仕事と言えるだろう。そのためにはジャーナリストやスポーツ・ジャーナリストは、「スポーツとは何か?」という命題に対する回答を身に付け、とりわけ体育とスポーツの違いについては、きちんとした認識を身に付ける必要があるはずだ。

 2020年2度目の東京オリンピックとパラリンピックの開催を、私は「体育からスポーツへの大転換」ととらえている。1964年のオリンピックでは、パラリンピックの存在が誰の記憶にも残らないほど小さく、多くのオリンピック選手は大学の体育会系組織で鍛えられ、スポーツ以外の社会でも体育会系的営業マンのモーレツ・サラリーマンが国内で活躍し、高度経済成長を担った。

 しかし2度目の東京五輪を前にした現在、体育会的上意下達の縦組織では体罰問題が表面化し、多くの子供たちは地域のスポーツクラブに通い、そこから優秀な選手も輩出されるようになってきた。身障者スポーツに対する注目度も飛躍的に上昇してきた。そして一般社会でも上司の命令で動く体育会系的人間は少なくなり、自分で企画を考え、自分で状況を判断し、自分で行動する、世界で通用する人物(スポーツ・インテリジェンスの持ち主)が求められるようになってきている。

 監督(大人)のサイン(命令)で動くことの多い高校野球や、世界に通用しない闘いを国内で繰り広げる箱根駅伝は、将来的に社会からどのような評価を受ける存在になるのだろう? スポーツとは異なる(似て非なる)イベントと理解されたうえで、愛され続けることになるのだろうか?

 また、全国高等学校野球連盟はスポーツ庁の管轄下に入るのだろうか? あるいは、それを拒否して、教育機関として文科省に残ることを主張するのだろうか? 野球とソフトボールは、国際的には「ダイヤモンド・ゲーム」と称して一体化し、東京オリンピックから正式競技として復活の可能性も出てきたが、国内では、両者はどんな組織になるべきだろうか?

 そんな日本のスポーツ状況に対して、一つ一つ指針を示すのも、もちろんジャーナリストやスポーツ・ジャーナリストの仕事である。そして、その判断を正しく下すためには、やはり「スポーツとは何か?」という命題について、深く学び、考えなければならないはずだ。間違っても自分の属するメディアの利益を規準にした意見を述べることだけは、避けなければならない。でなければ、「体育からスポーツへ」という日本社会の素晴らしい大転換が、中途半端に終わってしまうだろう。

「体育からスポーツへ」……大転換が、日本のスポーツとマスメディアの関係に対して影響を及ぼし、両者の関係が改革され、近い将来、日本のスポーツがマスメディアの支配から独立する日が訪れるのでは……と考えるのは、あまりにも楽天的すぎるだろうか?

 
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日本のバレーは「お家芸」だから弱体化?

猪瀬都知事「失言」後の「東京五輪招致」に必要なことは?

「長嶋茂雄ラストショー(最後の賞?)」後の日本プロ野球の未来は?

民主主義がスポーツを生んだ

スポーツは本来「暴力」とは対極にある

五輪招致の今こそスポーツ行政改革を!

柔道は日本の生んだ「反暴力」のメッセージを含むスポーツ/日本人は今こそ、スポーツ(柔道)の真の理解を!

今も体罰肯定論が横行:我が国の体育教育は異常だ

桜宮高校事件をきっかけとした新しい体育教育への提言

くたばれ!箱根駅伝!大学スポーツ否定論

2020年東京五輪で、オリンピックとパラリンピックの合体を!

60年代のスポーツ――その「光」と「陰」と…

2020年東京オリンピックは「初音ミクと團十郎」!?

左投手はなぜサウスポーと呼ばれるのか? スポーツ文化の重要性

メディアの「文化(スポーツ)支配」の危険性

共同通信社・編『心の聖地 スポーツ 闘いの記憶』岩波書店・刊(1,800円+税)

「オリンピック」って何?〜東京五輪招致にとって大切なことは…

韓国サッカー選手の「愚行=五輪政治利用行為」を、日本政府とメディアは絶対に看過するな!

ロンドン五輪「メディア革命」の行方/2020年東京招致〜私はこう考える

対談・スポーツで語る新世紀 第1回 ゲスト・猪谷千春(IOC委員)「オリンピックの描き出す人類と地球の未来」

対談・スポーツで語る新世紀 ゲスト・ェ仁親王「日本のスポーツの未来を憂える」

プロ野球人気を拡大するには…

チーム作りは誰のため?

国連スポーツ保障理事会(S保理)北朝鮮非難決議

東京マラソンで考えたこと

メディアとスポーツ 求められる批判者(ジャーナリズム)の視点

オリンピックから「世界」が見える

東京オリンピック〜戦後日本のひとつの美しい到達点

NPB(日本のプロ野球)はマイナーリーグ?

被災地に聖火を!

SPORTSその世界●近鉄バファローズ監督・西本幸雄

スポーツを知らない権力者にスポーツが支配される不幸

新潟にプロ野球新球団誕生か!?それを計画するプロ野球人は誰?

女子スポーツの発展は男子スポーツも支える

「体育」では「体づくり」だけでなく「スポーツの歴史・文化」も教えてほしい。

東京五輪招致落選。国際政治の追い風は吹かず。今後は日本のスポーツ環境を整えるべし。

「記録の神様」宇佐美哲也氏への感謝

「時代」はヒーローを産む 斎藤佑樹投手は「どんな時代」の「どんなヒーロー」か…?

何のための五輪招致か?

冬季五輪の「変貌」は、オリンピック全体の「大変化」につながるのか?

歌やスポーツとともに震災からの復興を!

「スポーツ基本法」を御存知ですか?

相撲は現代スポーツになりえない!?

震災とスポーツ

ジャーナリズムとアカデミズムの狭間で

スポーツの教科書を作りたい!

世界一お馬鹿なスポーツ 「ビアポン」を知ってますか?

「球団」と「球場」どっちが大事?

『60年代のスポーツ』――その光と影と……

1974年10月14日――長嶋茂雄がバットを置いた日

スポーツ中継・スポーツ番組作りの「プロ」になっていただくために

美しい「JUDO」が見たい!

スポーツが現代人に教えてくれること――グローバルに考えてローカルに行動

賭博は「悪」か? 「必要悪」か?

日本のサッカーの弱点は…?

人類最古の文明に生まれた人類最大の文化(フットボール)は、人類生誕の地(アフリカ)で、新たな時代を拓く

スポーツにおける日本人のオカシナ常識

「野性味」は「体育教育」から生まれない

日本サッカー青春時代の闘い

「日本のスポーツ政策」は、まだ生み出されていない

「自民党=政府」でなくなった「二大政党制」の時代に、「スポーツ政策」を構築するのは誰?

冬の五輪は「自然」との闘い

長嶋茂雄・著『野球は人生そのものだ』 不世出の野球人の述懐

貴乃花親方は理事に若すぎる?

ジャーナリズムとアカデミズムの狭間で

民主党政権で日本のスポーツは変わるか?

2016年五輪はリオに決定。東京に欠けていたものは何か?

東京五輪招致の真の敗因

「熱帯の日本」は「ウィンタースポーツ」もできる不思議な国?

2016年、東京五輪・パラリンピック招致〜玉木正之氏「東京五輪に賛成する理由」-前編-

政党マニフェストに見るスポーツ政策──「日本のスポーツ政策」は、まだ生み出されていない

開発と規制の狭間で

WBCよりも大切なこと

ON時代の真の終焉

2016年東京にオリンピックがやってくる?

2016年東京五輪開催の可能性

野茂英雄投手の功績と日本球界の課題

「いまこそタイガース・ファンを辞めるべきではないか」と悩む男の弁明

日本にスポーツジャーナリズムは存在するのか?

野茂の功績と日本球界の課題

人類は4年に一度夢を見る

水着で「言い訳」をしたのは誰?

世界史のススメ

『玉木正之のスポーツジャーナリスト養成塾』夏期集中講座

Jack & Bettyは駅の前

五輪とは死ぬことと見つけたり

セールスマンの死

日本人野球選手のMLBへの流出が止まらない理由

深い衝撃

大学はスポーツを行う場ではない。体育会系運動部は解体されるべきである。

スポーツニュースで刷り込まれる虚構 <森田浩之・著『スポーツニュースは恐い 刷り込まれる〈日本人〉』NHK出版生活人新書>

メディアのスポーツ支配にファンが叛旗

スポーツと体育は別物

岡田vs玉木 ドイツW杯特別対談第5回(最終回)「W杯守備重視の傾向は今後も続く?」

岡田vs玉木 ドイツW杯特別対談第4回 「ブラジルは何故ロナウドを使い続けた?」

岡田vs玉木 ドイツW杯特別対談第3回 「個人のサッカーの差がこんなに大きかったとは…」

岡田vs玉木 ドイツW杯特別対談第2回「世界のランクBからAへ昇るには…」

岡田vs玉木 ドイツW杯特別対談第1回「追加点を取るという国際的意識に欠けていた」

巨人の手を捻る

中日ドラゴンズ監督・落合博満の「確信」(加筆版)

300万ヒット記念特集・蔵出しの蔵出しコラム第2弾!

300万ヒット記念特集・蔵出しの蔵出しコラム第1弾!

「朝青龍問題」再考

大相撲の改革の契機に

“日本のサッカー”は“現代日本”を現す?

スポーツとは合理的なもののはずなのに……

世界陸上と日本のスポーツの未来

デデューの「復帰」に学ぶ「カムバック」に必要なもの

特待制度は「野球の問題」か?

学校はスポーツを行う場ではない!

動き出すか?球界の真の改革

東京オリンピック〜戦後日本のひとつの美しい到達点

日本スポーツ界における「室町時代」の終焉

「水泳ニッポン」は復活するのか?

スポーツはナショナリズムを超えることができるか?

「歴史の重み」による勝利は、いつまで続く?

スポーツ総合誌の相次ぐ「廃刊・休刊」に関して考えられる理由

廃刊の決まった『スポーツ・ヤァ!』をなんとか継続できないものか!?

日本の野球選手はなぜアメリカを目指すのか?

日本のプロ野球と北海道ファイターズに未来はあるか?

私の好きな「スポーツ映画」

東京・福岡「五輪招致」のナンセンス?

政治と格闘した宿命のチャンピオン〜モハメド・アリ

日本のスポーツ界は「中田の個人の意志」を前例に

「求む。新鋭ライター」〜玉木正之の「第5期スポーツ・ジャーナリスト養成塾夏期集中講座」開講のお知らせ

1個のボールが世界の人々を結ぶ

「型」のないジーコ・ジャパンは大丈夫?

社会はスポーツとともに

「日本サッカー青春時代」最後の闘い

スポーツは、学校(教育の場)で行われるべきか?

常識を貫いた男・野茂英雄(日本人ヒーロー/1995年大リーグ新人王獲得)

「玉木正之のスポーツ・ジャーナリスト養成塾第4期GW期集中講座」開講のお知らせ

最近のプロ野球は面白くなった!

人生に「アジャストメント」は可能か?

「栄光への架け橋だ!」は、五輪中継史上最高のアナウンスといえるかもしれない。

スポーツの「基本」とは「ヒーロー」になろうとすること?

2005年――「2004年の奇蹟」(選手会のスト成功)のあとに・・・

アジアシリーズ日韓決戦レポート『日本の野球はどのように進化したか?』

2005日本シリーズに見た「短い闘い」と「長い闘い」

イーグルス1年目をどう総括する?

スポーツとは経験するもの? 想像するもの?

阪神電鉄VS村上ファンド――正論はどっち?

高校野球の「教育」が「暴力」を生む

『スポーツ・ヤァ!玉木正之のスポーツ・ジャーナリスト実践塾』進塾希望者への筆記試験

ナニワの乱痴気

スポーツが開く未来社会

タイガースって、なんやねん 第10回「星野監督・阪神・プロ野球/それぞれの未来」

タイガースって、なんやねん 第9回「この先は、どんな時代になるんやねん?」

タイガースって、なんやねん 第8回「ミスター・タイガースはおらんのか?」

タイガースって、なんやねん 第7回「誰がホンマのファンやねん?」

タイガースって、なんやねん 第6回「関西は「豊か」やからアカンのか?」

タイガースって、なんやねん 第5回「星野さんは、コーチやなくて監督でっせ」

タイガースって、なんやねん 第4回「球団職員にも「プロの仕事」をさせまっせぇ」

タイガースって、なんやねん 第3回「星野監督は当たり前のことをする人なんや」

タイガースって、なんやねん 第2回「今年のトラにはGMがおりまっせ」

タイガースって、なんやねん 第1回「今年はバブルとちゃいまっせ」

「関西・甲子園・タイガース」=バラ色の未来――あるタクシードライバーの呟き

第V期スポーツジャーナリスト養成塾夏期特別集中講座・配布予定資料一覧

失われた「野球」を求めて――「楽天野球団」は「新球団」と呼べるのか?

浜スタから金網が消えた!

わたしが競馬にのめり込めない理由(わけ)

プロ野球ウルトラ記録クイズ

島田雅彦vs玉木正之 対談 『北朝鮮と闘い、何がどうなる?』

野球は、なんでこうなるの?

投手の真髄――PITCHING IN THE GROOVE

「球界第二次騒動」の行方は?

2005年日本スポーツ界展望〜「真の新時代」の到来に向けて

日本のスポーツの危機

野球は「学ぶもの」でなく、「慣れ親しむもの」

ライブドア堀江社長インタヴュー「落選から西武買収まで、すべて話します」

球団・選手「金まみれ」の甘えの構造

地域社会に根ざすスポーツ

新球団『東北楽天ゴールデンイーグルス』に望むこと

闘いはまだまだ続く

中日ドラゴンズ監督・落合博満の「確信」

奇蹟は起きた!

さようなら、背番号3

プロ野球ストライキと構造改革

「メディア規制法」とスポーツ・ジャーナリズム

黒船襲来。プロ野球維新のスタート!

パラリンピックを見よう! 日本代表選手を応援しよう!

アテネ大会でオリンピック休戦は実現するか?

「NO」といえるプロ野球

プロ野球選手が新リーグを創ってはどうか?

買収がダメなら新リーグ

「逆境こそ改革のチャンス!」

あの男にも「Xデー」は訪れる・・・

F1― それは究極の男の遊び

「戦争用語」ではなく「スポーツ用語」を

スポーツは国家のため?

阪神優勝で巨人一辺倒のプロ野球は変わりますか?

「高見」の論説に感じた居心地の悪さ

原稿でメシを食ったらアカンのか?

アメリカ・スポーツライティングの世界

<戦争とスポーツ>

長嶋野球の花道と日本球界の終焉

スポーツを知らない権力者にスポーツが支配される不幸

ニッポン・プロ野球の体質を改善する方法

草野進のプロ野球批評は何故に「革命的」なのか?

理性的佐瀬稔論

新庄剛志讃江――過剰な無意識

無精者の師匠、不肖の弟子を、不承不承語る

誰も知らないIOC

日本のスポーツ・メディア

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