今年の3月下旬、プロ野球界にとって、けっして小さくない話題の割には、あまり大きく騒がれなかった(報道されなかった)出来事があった。それは新潟県の泉田裕彦知事が、県の行政・財界・県民の3者でつくる『プロ野球招致委員会』を立ちあげたことだ。
「地域をあげてプロ野球チームを迎える態勢を整えたい」と知事が宣言したにもかかわらず、マスコミ的に盛りあがらなかったのは、一にも二にも具体的なチーム名があがらなかったからともいえる。が、それだけに、水面下では具体的な「招致」の活動が激しく蠢いていた、との噂もある。
新潟に移転する可能性が最も高いのは、ズバリ言って、横浜ベイスターズだ。
ベイスターズは02年1月、水産業界最王手のマルハが、保有株(70万株)を共同株主で株式所有第2位のニッポン放送に売却しようとし、いったんはNPB(日本プロフェッショナル・ベースボール機構)も、これを認めた。が、ニッポン放送はフジテレビの株式を保有する親会社にあたり、フジテレビはヤクルト・スワローズの株主でもあるところから、2球団の筆頭株主に同時になることは野球協約に違反する、とジャイアンツの渡邊恒雄オーナー(当時)が抗議。
これをきっかけに、ニッポン放送への株式譲渡は頓挫し、かわって渡邉オーナーにすすめられる形でベイスターズ保有株式第3位だった東京放送(TBS/現・東京放送ホールディングス)がマルハの保有株式を買うことになった。
売買価格は140億円(TBS47万株。TBS系の衛星放送ビーエス・アイ23万株)。もとから株式を保有していた会社が保有株式を増やして筆頭株主になった(おまけに横浜ベイスターズの名称も変更していない)というので、親会社変更に伴うNPBへの加盟料30億円は免除。
新しくオーナーとなった砂原幸雄TBS社長も、横浜市湾岸地区のみなとみらい21地区に建設費約400億円で開閉屋根式ドーム球場の建設計画をぶちあげるなど、当初はかなり威勢がよかった。
ところが「ヤル気」のあった砂原オーナーは、アマ選手への裏金事件で引責辞任。チーム成績は毎年Bクラスで、近年TBS首脳からは「100億円でいいから、どこか買ってくれる会社はないか…」という声が漏れ伝わって来ていた。
そんなところへ新潟県からラヴコールが来たのだ。
もちろん横浜球団への直接的勧誘ではないが、横浜はそれに応えるかのように、今シーズン5月のゴールデンウィークのとき、対巨人戦を新潟のハードオフ・エコ・スタジアム新潟(観客収容約3万人)で行うことを決めた。
じっさい近年は横浜球場が満員になることなどほとんどなく、今年の対巨人戦でも、平日とはいえ開幕直後の3連戦(3/30〜4/1)に満員状態(3万人)の3分の2(2万人)程度しか入らなかった。
これが新潟での試合となると、おそらく満員は保障されるだろう。しかも横浜球場は、半公営で(所有は横浜市、運営は株式会社横浜スタジアム)高校野球などには安価に使用させる反面、プロに対しては使用料が高額(年間指定席をふくむチケット総売上げの25%で、年間約10億円近く)で、看板の宣伝料、球場売店等の収入はすべてスタジアムのもの。
球場使用料の高いことでは、ダイエーが建設しながら経営危機で外資のコロニー・キャピタルに売却した福岡ドーム(現在はさらにシンガポール政府系投資会社GICリアルエステートに売却され、命名権売買により通称はヤフー・ドーム)が有名で、複雑な契約のなか、年間使用料は約48億円といわれている。
横浜球場がそこまで高額なわけではないが、近年は指定管理者制度の導入で球団が球場の運営に関わったり、地方自治体との特別な契約で、地元の球団が優遇される場合も多くなっている(楽天、ロッテ、広島など)。
かつて地方自治体は、プロの野球チームも競輪やオートレースのように考え、なるたけ「プロ」から使用料を確保しようと考えたものだった(平和台球場と福岡野球株式会社=太平洋クラブライオンズやクラウンライターライオンズ、川崎球場と大洋ホエールズ、仙台球場とロッテ・オリオンズとの関係など)。
が、最近はメジャーリーグと同じように、プロ球団が持続的に活動することによる有形無形の利益(各種経済効果や市民のシンボルとしての存在)を期待する意識のほうが強くなってきたといえる。
もちろんアメリカの各州や各都市がメジャーリーグのチームに付与している恩恵(税金で建設したスタジアムを、駐車場などとともにすべて無償で貸与する…など)に較べると、日本の地方自治体のプロ野球チームに対する遇し方は冷たすぎるというほかない。
もちろんそれは、宣伝色が色濃く、球団名に企業名を付けているプロ野球側の問題でもあるのだが、偶然にも横浜ベイスターズには企業名が冠されておらず、おまけに新潟県側で受け入れを考えているNSG(新潟総合学院グループ)も、スポーツを直接的に宣伝利用している企業ではない。
NSGは30に及ぶ大学や専門学校を経営する企業で、リーダーの池田弘氏は國學院大學出身の宮司という異色の経歴の持ち主。02年のワールドカップ日韓大会をきっかけにアルビレックス新潟の創設と経営に携わり、Jリーグのなかでも観客動員一、二を争う地元密着の人気チームに育てあげたうえ、プロバスケットボールのbjリーグ、野球のBC(ベースボール・チャレンジ)リーグにも球団を持ち、冬季五輪出場選手やモータースポーツとの関わりも持つなど、経営の一環にスポーツも取り入れ、大成功をおさめている。
しかし、売買価格約100億円にNPBへの新規加盟料30億円は、新潟県の全面的支持を得ても(泉田知事はアルビレックスの後援会副会長を務める)けっして安い金額ではない。
それよりも、もしもTBSホールディングスが球団を所有したまま(あるいは少しだけをNSGに譲って)フランチャイズだけを新潟に移転すれば(球団名は変わっても)新規加盟料も不要で、球団経営が一気に改善する(黒字転換する?)かもしれない。
TBS(東京放送)が何故新潟なのか、横浜のファンに対するケアは…といった問題はあるだろうが、これは球団の問題というよりリーグの問題、プロ球界全体の問題といえるだろう。
新潟にプロ球団があったほうが、セ・リーグとして有利なのか? プロ野球としてプラスなのか? むしろ新球団設立で球団を増やしたほうが……!?
今のプロ野球に欠けているのは、そのような全体的な戦略思考をする人がいないことだろう。
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こーゆー問題にプラスして、横浜ベイスターズには、「横浜球場問題」とも言うべき問題が存在します。今回DeNAに売却……とはいえ、その「問題」がある限り、健全経営は難しい?その「問題」については、本欄右のバックナンバーから『「球団」と「球場」どっちが大事?』をクリックしてお読みください。それだけでも書き切れてないのですが……。 |