60歳以上の人ならアベリー・ブランデージを御存知の方も多いだろう。
IOC(国際オリンピック委員会)の第五代会長(52〜72年)で、64年の東京五輪や72年の札幌冬季五輪に関わった人物だが、最近サンフランシスコのアジア美術館に飾られていた彼の胸像が撤去されると報じられた。
黒人の人権擁護運動として全米に巻き起こったBLM(ブラック・ライヴズ・マター=黒人の命も大切だ!)運動の要求として、ブランデージは人種差別主義者であり女性差別主義者で、さらにヒトラーとナチスを支持する植民地主義者でもあったとする非難が殺到したのだ。
それを受けてアジア美術館の館長もブランデージの胸像撤去を決めたという(ボイコフ他「アベリー・ブランデージ:人種差別主義者の名誉ある地位からの失墜」=『現代スポーツ評論』43号より)。
ブランデージには以前から「人種差別主義者」として疑いの目が向けられていたのも事実で、それは彼の自伝『近代オリンピックの遺産』(宮川毅・訳/ベースボールマガジン社・刊)を読んでもわかる。
36年のベルリン五輪でヒトラー・ナチスがユダヤ人を迫害しているとして世界中にボイコット運動が高まったとき、IOC会長の座につく前のUSOC(アメリカ五輪委員会)会長時代のブランデージは、調査隊として現地に乗り込み、そこでナチス幹部のゲーリングやゲッペルスらの開いた《目を見張るような豪勢な宴》に感激し、ベルリン五輪は《ナチスとは無関係の人々によって計画され、ナチスとは関係なしに、立派に運営された》と報告。
ナチ五輪へのボイコット運動を鎮める役割を果たしたうえ、《私たちはドイツから多くを学ぶことができた》《聡明で慈悲の心に溢れた独裁体制は、最も効率的な統治システムだ》とヒトラーを絶賛したのだ。
また自伝には東京五輪で、九谷や伊万里や柿右衛門の壺を《手に入れた》うえ、《中国は政情不安や第二次大戦の影響もあって古代の青銅器具や翡翠、彫刻、漆器、象牙、陶器、磁器、絵画など到底手に入らないものが市場に出まわっていた。短期間のうちに私があれほど素晴らしいコレクションを作り上げたのも、実はこうした背景があったから》とも書いている。
これに対してボイコフ氏は、《平和の祭典を指揮するIOC会長の趣味が、このような背景(植民地支配による政情不安や第二次大戦)によって成立しており、またそのことをこともなげに語る様は何とも皮肉》と書き、《サンフランシスコの人々は、彼のコレクションを"元の場所"に返すための必要な資金集めを行って》いることを紹介している。
IOCの第七代サマランチ会長も、かつてはスペインのフランコ独裁政権の側に立ち、ヒトラー・ナチスと友好関係を結び、ヘミングウェイやアンドレ・マルローなどが参加した国際義勇軍の人民戦線を弾圧した側に立っていた人物だという。
それらに対して現在のIOCは「政治的中立」を盾に何の反応も示さない。が、1年延期となった東京五輪を何としてでも開催しようとするのは「コロナに対する勝利」を半年後の北京(中国)冬季五輪に奪われたくないためではないか?また北京冬季五輪は香港・ウイグル・モンゴルの「政治問題」と無縁と言えるのか?
今こそIOCは「中途半端な立場」を捨て、「過去」を反省し、政治問題と真正面から向き合い、「平和運動」としての「政治的メッセージ」を発するべきではないだろうか?
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