平昌冬季五輪への北朝鮮の参加は? 開幕直前にすべてはご破算……なんてことも? と、政治問題ばかりが騒がれた開幕前の平昌大会だったが、そんな政治的話題はひとまず横に置き、ウィンター・スポーツについて考えてみたい。
冬のオリンピックは「雪と氷の祭典」と呼ばれるように、競技種目はすべて雪か氷の上で行うと規則で定められている。
その結果、冬季五輪は、相手選手との闘いのほかに、雪や氷との闘いや風との闘いといった「自然との闘い」という要素が大きく加わる。
スキーのジャンプでは、風との闘いが勝負の分かれ目ともなり、最近のルールでは飛距離や飛形点に加えて風力や風向も点数に加えられ(有利な向かい風はマイナス点、不利な追い風はプラス点)、自然現象による運・不運の違いをできるだけなくす努力がなされている。
が、どのように風に乗り、どのように雪の上に着地するかという「自然との闘い」が、依然として勝敗を決める大きな要素であることには変わりない。
スケートも、他の選手が滑ったあと、氷上にキズや溝ができることがあり、実際バンクーバー大会でのフィギュアスケートでは、浅田真央の演技で氷のキズにつまずいた部分もあったように見えた瞬間もあった。
一方そういった冬のスポーツの「自然との闘い」とは正反対に、夏のスポーツ(夏季五輪)は人工的に整えられた環境で行われる。
陸上競技では、選手は合成樹脂で固められた全天候走路の上を走り、マラソンも舗装道路の上を走ると規則で決められている(土の上はルールで禁止されている)。水泳は波消し装置のあるプール、屋内ゲームはエアコン付きの体育館、ホッケーは人工芝、ラグビーは(サッカーも近々)人工芝と天然芝の混合ハイブリット芝の上で行われ、さらにサーフィンは人工波、カヌー・スラロームは人工滝……となると、「自然との闘い」の要素がある夏の競技は、トライアスロンと水泳競技のオープン・ウォーター・スイミングくらいなものだろう。
夏の五輪は大都市で開催され、冬の五輪は雪山に近いリゾート地や観光地の小さな町や村での開催が多いのも「夏=人工/冬=自然」という違いの表れと言えよう。
しかし、たとえばバスケットボールという競技は、ジェイムズ・ネイスミスというマサチューセッツ州YMCAの体育教師が、フットボール(サッカーやラグビー)を雪深い冬の季節にも室内(体育館)で行いたい、と思って考え出した球戯で、本来は冬のスポーツと言える。
狭い室内でボールを扱うには、足より手のほうが使いやすく、前方の味方選手へのパスも有効(オフサイドの反則はナシ)とし、そのかわりにボールを持って3歩以上歩くと反則……という具合にして、「冬のフットボール」であるバスケットボールが誕生したのだ。
そこで……というわけでもないのだが、オリンピックでは、すべての室内競技を冬に移そうという動きがある。そうすれば夏の大会の競技数が相当減ることになり、新たな競技を正式競技に加えることも可能というのだ。
2年後の東京五輪だけに認められた五競技(野球・ソフトボール、空手、スポーツクライミング、スケートボード、サーフィン)はもちろん、スカッシュ、ボウリング、太極拳、綱引き、水上スキー、スカイダイビングなど、東京大会には落選したスポーツも実施が可能で、さらに将来的には若者に人気の「eスポーツ」(コンピューターゲーム)も加えることが可能……と主張する人もいるらしい。
はてさて、そういう五輪の未来像が、肥大化で限界とも言われるオリンピックの救済策となるのか? さらなる肥大化で、新たな危機を招くのか? 皆さんは賛成? それとも反対? |