先週の土曜と日曜(9月17、18日)、日本のプロ野球70年の歴史のなかで初めて、選手たちによるストライキが決行されました。
事の発端は今年の6月、オリックス球団と近鉄球団が合併すると発表したことでした。
そしてさらに、パシフィック・リーグの2球団の間で合併を進め、パ・リーグを4球団とし、セ・リーグ6球団と一緒になって来シーズンは1リーグ10球団、将来的には1リーグ8球団程度の規模が適切、という将来の青写真が何人かの球団オーナーから提示されました。
それに対してセ・リーグのオーナーのなかからも、阪神球団を中心に1リーグ制への動きに反対する意見が提出されたうえ、オリックスと近鉄につづくパ・リーグ球団の更なる合併は頓挫。結局、プロ野球機構の経営者サイドは、来シーズン、セ・リーグ6球団、パ・リーグ5球団で運営すると発表したのでした。
しかし、球団合併によるプロ野球リーグ縮小案に対して、プロ野球選手会が猛反発し、近鉄球団の買収や、新規参入球団として名乗りをあげたIT関連企業の取り扱いを巡っても、来シーズンの参入は不可能とする経営者側と、最大限の努力をするべきと主張する選手側で意見が対立。
両者のあいだで妥協点を見つけられないまま、ストライキという事態に至ったのでした。
このプロ野球再編問題を、ストライキという事象に限って見るなら、経営者側と選手側の意見の対立が原因といえるのですが、その背景に存在するさらに大きな要因に注目しなければなりません。
それは、今回のストライキに至った直接的な原因が、プロ野球球団にあったのではなく、球団の親会社にあった、ということです。
プロ野球のパシフィック・リーグ各球団は、慢性的な赤字に苦しめられ、今回合併を発表したオリックス球団と近鉄球団は年間約30億円から40億円、リーグ全体で年間120億円の赤字に悩まされ続けてきた、といわれています。
球団側から正確な財務諸表が公表されていませんので、その数字を疑う声もありますが、仮にその数字が正しいとして、これまで、それほどまでの多額の赤字が毎年計上されても、パ・リーグが運営されつづけてきた、という事実があります。
それは、親会社の企業名を球団名に冠することによる宣伝効果もふくめて、親会社にそれだけの赤字を補填する体力があった、ということです。が、バブル経済の崩壊以降、親会社自身が多額の赤字を計上し、球団の赤字を支えることができなくなった、というわけです。
つまり、今回の球団合併から球界再編につながる直接的な原因は、赤字球団自身にあるというよりも、親会社にある、といえるのです。
もっとも、ここで、そのようなパ・リーグ各球団の赤字運営を、プロ球界全体が長らく放置し続けていた、という問題を指摘しなければなりません。
先程、パ・リーグ全体の赤字が約120億円といいましたが、それに対してセ・リーグ全体は約100億円の黒字が存在するといわれています。ならば、プロ野球界全体の赤字は約20億円、親会社一社あたり2億円で、これは親会社の宣伝広告料としてはきわめて妥当な金額であり、現在のプロ野球はきわめて健全なマーケットであると考えられます。
そのような健全なマーケットのなかで、すべての球団が発展するような方法――たとえば戦力均衡のために順位の下の球団から選手を指名する完全ウェーバー制のドラフトであるとか、セ・パ両リーグ球団の交流試合であるとか、さらにテレビ放送権料の一括管理による分配であるとか、キャラクター・グッズの一括管理販売等々、球界全体の発展を考える方策を打ち出せば、現在の12球団の健全経営が十分に可能であるだけでなく、さらなる球団数の増加といった発展も十分に可能と考えられます。
ところが日本のプロ野球界は、そのような球界全体の発展を考えることなく、セ・リーグはジャイアンツという人気球団と試合をすることによって得られる利益に満足し、またパ・リーグは親会社からの赤字補填に頼ることによって、今日まで、いわば問題点が放置されたままペナントレースが続けられてきたのでした。
そして、ついにパ・リーグの球団合併、すなわち本来は健全なはずのマーケットの縮小という方針が打ち出されたのです。
ここで、もうひとつの問題が現れます。それは、近鉄球団の買収に名乗りをあげる企業や、新しい球団を新設してプロ野球機構に加盟を申請する企業が出現したにもかかわらず、既成の12球団の親会社は、そのような企業のプロ球界への参入に、どう見ても積極的に対処しているようには思えない、という事実です。
それらの新規参入企業によって球団数の減少に歯止めをかけ、選手の雇用が確保されることを期待する選手会と、なぜか新規参入球団に積極的でない経営者側という対立の構図が、今回のストライキの大きなひきがねになったのですが、そのような新規球団の参入に消極的な姿勢をとり続ける経営者側の態度には、やはり将来の球団数減少と1リーグ制への移行という青写真が存在するため、と考えるほかありません。
では、なぜ、経営者側は、そのようなマーケット縮小の方向へと進もうとするのでしょうか?それは現在のプロ野球組織が、プロとは名ばかりの「企業野球」であるから、といえるでしょう。
企業野球とは、日本の野球の発展を目指すのではなく、あくまでも野球を利用して親会社の宣伝や、親会社の利益を第一義に考える組織のことです。そのような組織であるならば、いますでに球団を所有している親会社は、できるだけ少ない球団数で野球を独占利用したほうが、より宣伝効果も高まり、野球から得られる利益も多くなる、というわけです。
それに対して、野球選手という職業を選択したプロの選手たちは、親会社に利用されるのではない日本の野球そのものの発展を訴えています。そのためには、企業野球という形態を離れて、アメリカ大リーグのような、あるいはヨーロッパのサッカークラブのような、自立したスポーツクラブが地方公共団体や企業や地域住民から支援されるというスタイル、すなわち企業に「所有」され「支配」され「利用」される野球チームから、「自立」し「支援」される野球チームへと、大転換することが必要となります。
今回のプロ野球経営者側と選手会の対立は、このような大きな問題を孕(はら)むもので、この解決には、今年だけでなく、今後何年もの年月を要する問題ともいえます。
が、そもそも野球も含めて、スポーツとは、あらゆる人々に共有される無形の文化財であり、一部の企業だけが勝手に利用できるものではないはずです。
今週末にも再度計画されているストライキをどうするか、来シーズンのプロ野球をどうするか、ということも重要な問題ですが、根底にある最も大きな問題を忘れることなく、今回のストライキをきっかけに素晴らしい日本のプロ野球が再生されるよう願いたいものです。 |