昨年(2020年)11月15日IOC(国際オリンピック委員会)トマス・バッハ会長が来日。その目的はただ一つ。「集金」だった。
コロナ禍のために1年延期となった東京オリンピックへの追加費用は2940億円(国が710億円、東京都が1200億円、組織委が1030億円を負担)
だが、東京五輪がマトモに開催されるのかどうかもわからないままでは、スポンサーの延長契約が進まず、約70社あるスポンサーのうち約6割が未契約(2020年12月現在)。
そこでバッハ会長が菅義偉総理、小池百合子東京都知事、森喜朗組織委会長と次々に会談。「東京オリンピックは予定通り観客を入れて開催する」と宣言し、スポンサー各社に延長契約を促したというわけだ。
が、ゴールドパートナー(100〜200億円)、オフィシャルパートナー(60億円)、オフィシャルサポーター(15億円)が、その約3分の1と言われる延長分の費用を
すんなり出せるとは思えない。
なかでもオフィシャルパートナーの日本航空や全日空は3月期決算で3千〜5千億円の赤字が見込まれ、キャビンアテンダントや従業員の多くを他業種へ「転
職」させているなかでの追加出費など不可能だろう。
さらに五輪期間中に必要とされる5千人の医療従事者(医師・看護師など)を集めることができるのかどうか?
この数字は、7月の猛暑による熱中症対策として計算された数字で、加えて新型コロナ対策も必要となれば、来日選手(約1万2千人)や関係者(約3万人)への
定期的なPCR検査、観光客(100万人以上?)へのコロナ対策等で、さらに多くの医療従事者が必要となるはず(21年3月には、海外からの観客は、迎え入れないことになりましたけどね)。
しかもそれらの医療従事者のなかで報酬が出るのは各会場の責任者数十人だけ。残りの約半数は大病院から出向扱いで給料が出るが、残りは無給のボランティア。
それで医療従事者が集まるのかどうか疑問だが、新型コロナが完全に終息しないなかでの五輪開催となれば、そもそも医師や看護師を五輪会場や選手村に派遣できる病院が存在するのかどうか、大いに疑問というほかない。
一方でイギリスやロシアではワクチンの接種も始まる予定で、南半球(現在は夏)の感染が収まりつつあることを見れば、北半球でも暖かくなれば新型コロナも収まってくると断言する医療関係者もいる(これが間違っていて、新型コロナは夏でも感染中高を起こすことは、ブラジルその他の地域で証明されました)。
が、オリンピックとその主催者であるIOCには、そんな楽観的な見通しをもぶち壊すほどの大問題が存在している。
それは、中国の人権問題だ。
昨年9月9日のロイター通信によれば、世界の160を越える人権団体が、IOCに対して「中国政府による人権侵害」を理由に、22年の北京冬季五輪の「開催見直し」を申し入れた。
ウイグル人権プロジェクト、世界ウイグル会議、チベット青年会議、それにモンゴル族やチベット族の人権団体、上海で人権問題に取り組む団体等が署名。
新疆ウイグル自治区やチベット自治区での住民の弾圧、内モンゴル自治区の小中学校の授業での標準中国語の強制使用、そして香港国家安全維持法の施行などに抗議し、あらゆる差別と抑圧に反対するオリンピック精神と、中国政府の姿勢は相容れないと主張したのだ。
それに対して「スポーツの政治利用」だとする中国政府の反論は予想されたことだったが、IOCが「政治的には中立を保っている」との声明をロイター通信に表明したのには少々首を傾げざるを得ない。
これは「政治問題」ではなく「人権問題」ではないのか?
ウイグル族への弾圧については、ローマ教皇フランシスコも12月に発売された自著のなかで指摘したくらいで、アメリカ政府は「ジェノサイド(民族抹殺行為)」
とも表現している。が、IOCは五輪憲章(オリンピックの根本原則第4、6条)で人権擁護とあらゆる差別への反対を謳いながら、人権問題に対してはきわめて「消極的な」姿勢しか取っていない。
昨年1月「いかなる政治的、宗教的、もしくは人種的な宣伝行為は認められない」という五輪憲章第50条を改めて周知するためのガイドラインをIOCが発表。アメリカで広がった黒人の人権擁護運動であるBLM(Black Lives Matter=黒人にも命がある)の標語の使用を禁止し、「拳の突き上げ行為Fist up」も「膝折り行為Take a knee」も禁止すると発表したのだ。
ならば全米オープンテニスで大坂なおみ選手が使用し、世界中のメディアから絶賛された「黒人犠牲者の名前を書いた黒マスク」の使用もオリンピックでは禁止
とされることになる。
それに対してアメリカ・オリンピック委員会はIOCに抗議。選手たちの人権擁護活動の容認を目指す方針を打ち出した。またカナダのアンチドーピング委員
会も五輪憲章第50条は国連が定めた世界人権宣言違反であるとして、修正を求めると発表した。
それらに対してIOCは無反応。そればかりかサンフランシスコ・アジア美術館が昨秋、同美術館にあるアベリー・ブランデージIOC第5代会長(1952〜72)の胸像の撤去を発表したことにも無反応。
ブランデージは《人種差別主義者、反ユダヤ人主義者としても名高》く、黒人の人権を擁護する団体から、その撤去を強く要求されていたのだ(デイブ・ザイリ
ン&ジュールズ・ザイコフ著『アベリー・ブランデージ:人種差別主義者の名誉ある地位からの失墜』竹崎一真訳『現代スポーツ評論』20年11月20日発行第43号より)。
ブランデージは64年東京、72年札幌冬季の両五輪大会時のIOC会長だっただけに日本にも馴染み深い人物だが、日本や中国、アジア各国の美術品の蒐集家と
しても有名で、彼の自伝『近代オリンピックの遺産』(ベースボールマガジン社)には東京五輪開催の関係で、柿右衛門の壺を手に入れたことが誇らしげに書かれている。
と同時に、36年のベルリン・オリンピックを絶賛し、ヒトラーとナチスを高く評価していた人物が得たコレクションは今《"元の場所"に返すための必要な資金集め》も行われはじめたという(前掲書)。
コロナだけでなく様々な問題が噴き出しているIOCとオリンピック。
コロナ禍の今こそ、IOCとオリンピックのあり方を根本的に見直すときと言えそうだ。
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