なでしこジャパンがワールドカップで優勝! その快挙から私は、谷崎潤一郎の名作『細雪』の一節を思い出した。
それは三女の雪子が「兎の耳」を「足で立ててやる」場面で、親戚の娘がそれを作文に書くのだが、それを読んだ雪子は「足で」という表現を消す。その「女性的」ではない行為(?)を描くことで、谷崎は大胆で快活で美しい雪子という「新しい時代の女性」を活写したのだった。
足でボールを扱うフットボール(サッカー)も、最近までは女性が行うべきスポーツではないと考えられ、女性にはバレーボールやハンドボールが推奨された。そのため女子サッカーの歴史は浅く、第1回W杯が中国で開かれたのもわずか20年前の1991年のことだった。
サッカーに限らず、かつてはスポーツ競技全般が「男性のもの」とされ、近代オリンピックの創始者であるクーベルタン男爵も、「男性の勝者に冠を与えることこそ女性の仕事」と公言。1896年第1回アテネ五輪も(古代ギリシアのオリンポスの祭典と同様)参加者は男性だけだった。
その後、女性のスポーツへの参加は徐々に増加。1928年アムステルダム五輪陸上800メートル決勝ではドイツのラトケと大接戦を演じた人見絹枝が2位となり、日本人女性初のメダリストとなった。が、ゴールのあと昏倒した二人はしばらく立ち上がることができず、その結果800メートル走は「女子には苛酷」と判断され、60年ローマ大会で復活するまで30年間以上も禁止されたのだった。
かつては女子マラソンも「か弱い女性には無理」と思われていたが、66年ボストンマラソンで、スタート寸前まで木陰に身を潜めていた女性が号砲とともに飛び出し、ゴールまで完走。それをきっかけに非公式参加の女性が次々と現れ、ボストンでは72年から、オリンピックでも84年ロサンゼルス大会から、女子マラソンが正式種目として認められるようになった。
そうして女性のスポーツ参加は広がり、三段跳び、棒高跳び、レスリング等、以前は「男性競技」とされていた種目にも女性が進出。来年のロンドン五輪からは女子ボクシングも加わり、「スポーツにおける男女平等」は、その推進を責務と考えるIOCの指導もあって世界のスポーツ界に広がった。
現在では諸外国(とくに欧州)では、あらゆるスポーツ組織が男子だけでなく、女子(それに身体障害者)の組織を兼ね備えることが常識とされ、イギリスのように法律で義務とされている国もある。
ところが日本では、たとえばプロ野球やアマチュア野球の組織が、女子野球(や身体障害者の野球)の組織を包含することなど考えも及ばないようで、支援を義務と考える人も、関係者にはほとんどいないようだ。
そのため日本の女子野球は、2008、2010年のW杯に2大会連続優勝しながら、けっして恵まれているとは言えない環境のまま頑張らざるを得ない状態が続いている。
また高野連が女子高生の野球部の整備に乗り出すこともなく、「男子は選手/女子はマネジャー」という「差別的構造」も非難の声すらあがらないまま残存し、『もしも高校野球の女子マネージャーがドラッカーの「マネジメント」を読んだら』などという本がベストセラーになったりもした。
それに北京五輪で世界一となった女子ソフトボールも、メディアに一時的に騒がれはしたが、環境が改善したという話も聞かない。
なでしこジャパンのW杯優勝で、高木文科大臣は「国としても女性のスポーツに対する支援に積極的に取り組みたい」と語ったが、大切なことは「女性スポーツへの支援」ではなく「スポーツ組織の男女一体化」だろう。
サッカーならJリーグ各チームがユースと同様の女子チームも持つことにして「なでしこリーグ」に参加する(イタリアのセリエAは、そのような決定を最近下した)。プロ野球各球団も女子チーム育成に手をつける。
かつて70年代に一時期レベルダウンしたイングランドのラグビーは女子ラグビーに力を入れた。すると彼女たちの子供をはじめ大勢の子供たちがラガーメンを目指すようになり、世界トップレベルの実力の回復に20年程度で成功した。
ならば日本のすべてのスポーツも男女(や身体障害者)の区別なく、同一競技は同一組織で協力して発展に取り組むべきだろう。今回の「なでしこ」の快挙が、その方向への舵取りの契機になってほしいものだ。 |