ロサンゼルス・ドジャース大谷翔平選手の元通訳、水原一平氏の「違法ギャンブル事件」は、ギャンブル依存症に陥った水原氏の単独犯行で、大谷選手自身は預金を奪われた被害者として一件落着となった。
が、これを機会に、我々日本人が考え直さなければならない問題がある。 それは、日本でも近々導入が検討されているスポーツ・ベッティング(賭博)の問題だ。
日本の賭博は、基本的に刑法で禁じられた犯罪で、公営ギャンブルとして競馬(農林水産省が所管官庁=以下同)、競輪(経済産業省)、オートレース(同)、競艇(国土交通省)、スポーツ振興投くじ(正式名称はスポーツ振興投票=toto、文部科学省)が特別に認められている。
が、パチンコ(警察庁)で換金が行われているのは誰もが承知していることで、日本の賭博状況は、「原則禁止・一部公認・一部黙認」の状態と言える。
そこへ、IR(総合型リゾート内のカジノ=内閣府)とスポーツ・ベッティング(文科省・スポーツ庁)を、公営ギャンブルとして加えようとしているのだが、私は、IRには反対、スポーツ・ベッティングには賛成、と考えている。
1993年Jリーグが発足したとき、プロサッカ・リーグの存在する国には必ずと言っていいほど存在するtoto(トトカルチョ)を、Jリーグを対象にして導入しようという計画が進められた。
その計画を推し進めたのは、当時民主党(現・立憲民主党)の参院議員で、元プロ野球の江本孟紀氏らだったが、衆議院文教委員会での審議に際して、6人の参考人(賛成派・反対派各3人)の一人として、小生も呼ばれた。
そして審議が始まる前、何故かtoto導入反対派だと思われた私は、婦人団体や教育団体の女性たちに囲まれ、「子供たちの憧れのスポーツを賭博のような犯罪から守りましょうね」と、連帯を求められたのだった。
そこで実は私がtoto導入賛成派であると言ったときの彼女たちの顔を今も覚えている。それは信じられないという呆れ顔であり、私を軽蔑するような顰めっ面だった。
その後の意見陳述で、彼女たちが私の主張を理解してくれたかどうかはわからない。が、私は委員会で、川崎ヴェルディ(現在の東京ヴェルディ)の「親会社」だった読売グループ(読売新聞社や日本テレビ)が、チーム名を都市名と愛称で呼ぶというJリーグの方針に従わず、読売ヴェルディ、日産マリノス……などと企業名で呼ぶことに固執していることを指摘した。
しかしJリーグ各チームの主体はスポーツ(サッカー)クラブであり、Jリーグは、以前のチームの親会社(所有社)はクラブのスポンサーであるという新しい考え方を打ち出していた。その考え方に共感していた私は、親会社の存在する企業スポーツではtotoは不可能なわけで(親会社の利害関係や取引上の関係が試合の勝敗に影響を与えかねないと考えると、公平な勝敗予想ができないので)、逆にtotoの導入によって、Jリーグは、過去の企業スポーツの柵から完全に脱することができ、日本で初の世界基準のスポーツ団体となり得ると考えたのだった。
その後、Jリーグやその影響下に同じコンセプトで生まれたBリーグ(バスケットボール)は、地域社会の人々に密着したスポーツ文化として、健全な発展の道を歩んでいると言えるのに対して、リーグ・ワン(ラグビー)やVリーグ(バレーボール)は、いまいち企業スポーツの柵から完全には抜けきれないでいる(チーム名に企業名を残している)。
そんななかで日本の野球(プロ野球・社会人野球・大学野球・高校野球)の存在は、どう考えればいいのだろうか?
プロ野球は大きな人気と長い歴史を誇っているが、社会人野球とともに企業野球(企業の所有物としての野球チーム)であり続け、親会社の販売促進や宣伝のツールとして利用され、純粋なスポーツ組織としての機能を果たしているとは言い難い面がある。
もしもそこにスポーツ・ベッティングが導入され、あらゆるスポーツが賭けの対象となったら日本のスポーツはどうなるだろう?
親会社の力関係が勝敗を左右するような「不公平」が存在するようでは、ベッティング(賭け)は成立しない。ならばスポーツ・ベッティング(あらゆるスポーツの賭け)の導入によって、野球も含むすべての日本のスポーツ組織が、賭けの成立する純粋な(公平な)スポーツ組織に変身することも可能かもしれない。
スポーツの運営はスポーツの発展を念頭に置く人々によって営まれるべきで、親会社が自分の利益のためにスポーツを利用するという考えで運営するのは、スポーツにとって不幸な状態と言うほかない。その状態を打破するためのスポーツ・ベッティングのあり方を検討すべきだろう。
私がIRに反対するのも、それと同じような考えからで、カジノという特定の場所だけで限定的に行われる賭博は、特定の運営会社が利益を独占するわけで、できることなら1960年にイギリスで交付された「賭博解禁法」のように、あらゆるギャンブルが政府公認の賭け屋(ブックメーカー)の元で行われるほうがいいはずだ。
賭け屋は政府の定めた掛け金の上限を守り、税金とともにギャンブル依存症患者の治療のための施設の維持費等の特別税も支払って運営する。この賭博解禁法が生まれた直後は百を超す賭け屋が生まれた(それまでの闇社会での存在が表に出た)が、現在は5〜6の賭け屋に自然に整理された。
この法案が生まれたとき、イギリス政府の内務大臣はこう語った。「ギャンブルはコントロールすべきだが、禁じるべきではない。禁止したためにかえって犯罪を生むものである」(谷岡一郎『ギャンブルフィーヴァー依存症と合法化論争』中公新書より)
水原一平氏の一件も、スポーツベッティングを禁止し、犯罪としているカリフォルニア州だから起きた事件と言えるかもしれない。
付記:「賭博解禁法」を施行した英政府は、「禁酒法」を施行することでギャングたちに莫大な利益を与えてしまった1920年代のアメリカ政府の失敗が頭にあったに違いない。
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