コラム「スポーツ編」
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掲載日2006-02-06

この原稿は、一昨年(2004年)のアテネ五輪のあと、雑誌『放送文化』12月号(日本放送出版)に寄稿したものです。トリノ冬季オリンピックの機会に“蔵出し”します。

「栄光への架け橋だ!」は、五輪中継史上最高のアナウンスといえるかもしれない。

 1964年の東京オリンピックで、日本の女子バレーボール・チームは見事に金メダルを獲得した。その決勝戦となったソ連(現在のロシア)との試合は、結果的には3対0のストレート勝ちとなったが、最終3セット目のマッチポイントを迎えたとき、さすがに金メダルを意識したのか日本選手の動きが硬くなり、14対8から14対13にまで追いあげられてしまった。

 当時は現在のようなラリーポイント制でなく、サーヴ権のあるときしか得点にならない。日本チームは何度もサーヴ権を奪い返し、あと1点で金メダルという状況を何度もつくりながら、そのチャンスを逃し続けた。
 そのとき、実況中継をしていたNHKのアナウンサーが、次のような言葉を連呼した。

 「さあ、金メダル・ポイントです!」
 「またもや金メダル・ポイント・・・」
 この言葉が問題となった。
 バレーボールのルールに「金メダル・ポイント」という言葉は存在しない。ルールどおりに「マッチポイント」というべきだった、との批判の声があがったのである。

 現在の視聴者からすれば、そのくらい問題ないじゃないか、といいたいところだろう。「金メダル・ポイント」がダメなら、アテネの男子体操団体で金メダルが決まった瞬間のアナウンスも問題になるはずだ。
 冨田洋之選手の最後の技をルール通りにいえば、「新月面宙返り降り」による「着地(フィニッシュ)」だったのだから、「新月面宙返り降りの着地はどうか、決まりました!」というべきで、「新月面は栄光への架け橋だ!」という言い方はルール上不適切といえなくもない。

 もちろん、いまさらそんなことを問題にする人は皆無である。が、40年前の東京五輪のときは違った。
 当時、多くのスポーツは主としてNHKの教育テレビで放送されていた。「陸上競技教室」「水泳教室」「野球教室」「サッカー教室」といった番組があり、学校での体育の授業さながら、腕の振り方や、脚のあげ方が、テレビを通じて教えられていた。

 日本教育テレビ(NET=現在のテレビ朝日)の放送が始まったのもそのころで、教育番組が50パーセントを超えることを条件に、国から公共の電波の使用認可された民間放送は、プロ野球中継などのスポーツ中継をすべて「教育番組」のジャンルに入れることで、その条件をクリヤーしたのだった。
 つまり、かつてスポーツとは体育(教育)であり、オリンピック中継(スポーツ中継)も、体育の範囲内で考えられていたのである。

 しかし、自主的に楽しむスポーツと、身体教育として強制される体育は、まったくの別物である。そしてオリンピックは、けっして体育ではなく、スポーツである。
 そこで、スポーツを見たときの身体の底から湧きあげてくる興奮(体育を見てもけっして湧きあげてこない感情)を抑えることができなかった東京五輪のアナウンサーは、思わず「マッチポイント」ではなく「金メダル・ポイント」という素晴らしい言葉を口にしたに違いない。

 一方、「栄光への架け橋」という言い方は、思わず口をついて出た言葉とは思えない。これは想像でしかないが、おそらく金メダル獲得の可能性が出はじめた頃から、アナウンサーは日本男子団体体操の復活にふさわしい言葉を考えはじめたのではなかったか。この想像が正しいかどうかはさておき、この言葉は、そう思えるくらいに完成された形容であり、美しい表現といえよう。

 かつて20年近く(1960〜78年)連続して「世界一」(オリンピックと世界選手権に優勝)という頂点の座に輝いていた日本の男子体操陣が、その後の低迷を乗り越えて四半世紀ぶりに復活しようとする瞬間、その瞬間が身体の動きの限界に挑戦した美しい放物線を描くなかで訪れようとしたとき、その姿を表す言葉として、「栄光への架け橋」という表現は、過去の歴史と現在と未来をつなぐという意味合いのうえでも、眼前で展開される美しい形状を形容するうえでも、これ以上にないふさわしく美しい言葉といえるものだった。

 古くは1936年、ベルリン・オリンピックでの「前畑ガンバレ!」という「日の丸応援型」のアナウンスから、新しくは、シドニー五輪でのサッカーの「ゴール!ゴール!ゴオオオール!」という「南米式絶叫型」まで、話題になったオリンピック中継のアナウンスは、東京五輪での「金メダル・ポイント」も含めて、すべて批判の対象でしかなかった。

 アナウンサーは「中立な報道」に徹するべきであり「応援」するべきでない、とか、「うるさすぎる」といった「批判」の是非はさておき、「素晴らしいアナウンス」という肯定的な評価は残念ながら記憶にない。
 「1964年10月10日午後2時。いよいよ選手団の入場です。先頭はギリシャ、旗手はジョージ・マルセロス君。エーゲ海の碧を彩った紺地に白の十字の旗が、日本の秋空のもと、赤いアンツーカーの上にくっきりと・・・」

 小学6年生のときにカラーテレビで見て興奮した東京オリンピックの開会式は、いまでもアナウンスを記憶しているくらいで、その整った(いまから思うと整いすぎた)口調は、まったく見事だったと思う。
 しかし残念ながら、言葉や表現は時代とともに変化する。

 東京五輪の開会式のとき、独立したばかりのアフリカ諸国のなかに、旗手と選手のたった2人で入場行進をした国があった。そのときアナウンサーは、「たった2人の堂々たる行進。健気であります。まったく健気であります」と表現した。
 が、いま「ケナゲ」という言葉を用いても(用いるアナウンサーもいないと思うが)若い視聴者にはその意味が通じないだろう。

 「前畑ガンバレ!」は、けっして名アナウンスといえるものではないだろうが、日本の女子選手がオリンピックで初めて金メダルを獲得したときのアナウンスとして、また、アナウンサーが初めて自国の選手を熱烈に応援した初めての放送として、これから先も長く語り継がれるだろう。
 一方、「ゴール!ゴール!ゴオオオール!」は、やはり日本人の感性にはそぐわないものとして、「ケナゲ」という言葉とはまた違った意味で忘れられてゆくようにも思える。

 こうして考えてみると、アテネ男子体操団体競技での「栄光への架け橋」という言葉は、過去の長いスポーツ・アナウンスの歴史のなかでも、希有にして秀逸な表現ということができるように思える。そのうえ、言葉によるスポーツ表現(ドラマ性と身体運動の両者を兼ね備えた表現)のひとつのモデルとして、今後のスポーツ・アナウンスに大きな影響を及ぼす(及ぼしてくれるとうれしい)と思う。

 一方、映像によるスポーツ表現も、オリンピックの大会ごとに進化し、アテネ大会でのソフトボールでは球審のマスクに装着された小型カメラがピッチャーの投じる速球をとらえ、視聴者が打席に立っているような錯覚を憶えるほどの迫力を伝えた。野球でもベースに内蔵された小型カメラによって、走者のスライディングの迫力が土煙とともに伝えられた。
 が、まだまだテストケースといえばいいのか、その「スポーツの迫力」と「ゲームの行方(試合の勝敗)」が結びつかず、(少なくとも私は)少々苛立ちを感じた。

 つまり、ソフトボールで球審のマスクに装着されたカメラがとらえたピッチャーの投球は、相手チームを完封した投手の投球でも、失点してノックアウトされた投手の投球でも、同程度の「凄い迫力」として映し出されるため、「凄い」という「スポーツの驚き」によって「ゲームの行方」が遮断されたのだ。
 それは、アトランタ大会やシドニー大会から徐々に出現しはじめた、水泳競技のプールの中に設置されたカメラによる映像や、陸上競技で選手とともに疾走するカメラによる映像、さらに棒高跳びのバーの真横にあるカメラがとらえた映像などでも感じられた。

 選手たちが肘と肘をぶつけ合うなかで顔を歪めて疾走する超アップの映像や、6メートルの高さにあるバーまで懸命になって到達したあと、そのバーに触れないで1ミリでも離れようと身体をよじる選手の大写しの映像は、スポーツの醍醐味を圧倒的な迫力とともに表現した。
 それらは、ベルリン・オリンピックの記録映画『民族の祭典』『美の祭典』を監督したレニ・リーフェンシュタールや、『東京オリンピック』の市川崑監督が、必死になってとらえようとしたスポーツそのものの美しさ、スポーツそのものの力強さの表現であり、現代テクノロジーは、レニや市川が懸命になってカメラをまわしても撮りきれなかったスポーツの醍醐味を、いとも簡単にテレビ画面に表現することを可能にしたのだ(レニや市川は、竹竿にフィルム・カメラを吊して、選手の頭のうえからの映像を撮影したり、スタジアムに穴を掘ってカメラを設置し、選手の足下を映したりした)。

 とはいえ、それら現代テクノロジーの最先端技術によって迫力あふれる映像を見ることはできても、その「意味」がなかなか伝わってこない。水中カメラが見事にとらえた美しいフォームが映し出されたあと、「北島康介、見事に金メダル!」といわれても、どこかピンとこない。時速30キロ以上で走るリモコン・カメラのとらえた映像を見て、人間の筋肉の動きとは何とも素晴らしいものだ、と感動しているところへ、「優勝したのはアメリカのXX選手、日本選手は残念ながら予選落ち・・・」といわれても、これまたピンとこない。

 それは、スポーツの迫力を表現した映像と、ゲームの内容を報道しようとしたアナウンサーのあいだに生じた齟齬(そご)といえるのだろう。
 今後ますますテクノロジーが進化し、スポーツをおこなう人体の運動の素晴らしさが、さらに詳しく映像によって表現されるようになるなかで、言葉による新たな表現、すなわちスポーツに対する深い認識が要求されるようになるに違いない。
 その意味でも、「栄光への架け橋」という言葉は、将来のスポーツ中継の土台になるものといえるのではないだろうか。

 いずれにしろ、スポーツ中継はまだまだ発展途上で、多くの開拓の余地が残されている。それは、メディアにたずさわる人々にとって、素晴らしいことに違いない。

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