2020年の東京五輪のメーン会場になる新国立競技場の問題が迷走している。7月に国立競技場を解体するはずが、2度の入札不調で業者の選定が9月にズレ込んだ。機能、費用、景観などで建築家を筆頭に建て替えに対する反対、現競技場改修支持の声は強くなるばかりだ。果たして本当に全面的な立て替えまでして新国立競技場は必要なのか。当初からこの問題に強い関心を寄せていた建て替え反対の論客に聞いた。
――もともと玉木さんはザハ・ハディドの新国立競技場のデザインには賛成されていたそうですね。
玉木「2012年の11月にハディドの案が採用されたときは、その斬新なデザインに感激、東京の新しいランドマークになると思ったほどです」
――それがなぜ考えが変わったのですか?
玉木「最初のきっかけはサッカージャーナリストの後藤健生さんが『現在のスタジアムは各スポーツの目的に応じて造られるのが世界の考え方。新国立競技場は大鑑巨砲主義、第二次大戦の戦艦大和の発想』との批判を目にしたことです」
――確かに新国立競技場では陸上、サッカー、ラグビーなど各種スポーツだけでなく、コンサートやイベントも開催することになっていますね。
玉木「それでいろいろ調べたり、建築家の方たちの意見などを聞くうちに、やっぱりおかしい、国立競技場の改修のほうがいいのではと考えるようになった。ハディドのデザインも二転三転、当初のデザインより小さくなり、斬新さも失ってしまった」
――新国立競技場には機能、費用、景観面から批判が出ています。まず機能ですが・・。
玉木「今の設計だと天然芝の芝生が育たない。風通しが悪いし陽当たりもよくない。愛知県の豊田スタジアムは開閉式の屋根付きですが、ラグビーでスクラムを組むと芝生がズルッとはがれてしまう。それくらい芝の育成は難しく時間もかかる。JSC(日本スポーツ振興センター)も土中の温度を調節したり、大型扇風機を何台も置いて空気を循環させたりすることを考えているようですが、費用が相当かかるはず。それにサブトラックの問題もあります」
――新国立競技場ではサブトラックは仮設。五輪が終われば撤廃されます。そうなるとサブトラック兼備でないので、世界陸上のような大会は開催できなくなりますね。
玉木「造る方がスポーツに無知で、スポーツの現場を無視している。以前、ある地方都市で体育館が完成し、新体操の選手がコケラ落としに模範演技をやって欲しいと招待された。ところが演技をする段になったら、棍棒はやめて欲しい、落としたら床が傷つくからといわれた。実際に新体操の選手から聞いた話です。何のための体育館か。こんなナンセンスが横行しています」
――費用といえば当初は3000億円で高過ぎると批判されて、今は1625億円に抑えることになっています。北京五輪会場は約400億円。世界でも1000億円を超えるものはないそうです。
玉木「どんぶり勘定ですよ(笑い)。信じられないですよ。それだって人件費や資材の高騰で今の予算では収まらないでしょう。3000億円までいきますよ、きっと」
――年間の維持費もJSCは40億円と発表しています。これも今の国立競技場だと6〜7億円だそうです。
玉木「維持費がかかってもコンサートやイベントで稼ぐからいいという考え方なのでしょう。でも、1度に8万人も集めるコンサートを毎月1回開くなんて無理。毎月80歳のポール・マッカートニーを呼ぶんですかね(笑い)」
――コンサートをやると今の天井が膜の構造だと、遮音効果が期待できないとの指摘もあります。景観という観点からはいかがですか?
玉木「私は景観ということは頭になかった。京都人なのでそういうことには敏感ですが、東京はもともとそういう発想のない街作りだから、別にいいんじゃないかと思ってた(笑い)。でも、高さ制限が撤廃され、神宮外苑のいちょうの並木道や絵画館前の野球場にまで影響が及び、全体の景観までもがガラリと変わっています。新国立競技場は戦艦大和やクイーンエリザベスがすっぽり入る大きさです。いかに大きいかが想像できる。これは絶対にいかんと気づきました」
――もともと神宮外苑は東京の風致地区第1号に指定された場所です。明治天皇崩御に民間有志らの請願、協力で当時の最高の技術により天皇を記念する神宮内苑、外苑、表参道などを一体化して整備、今の景観が作られた経緯があります。
玉木「それは今のままで残さないといけないと思います。東京の中でここだけは残さないと。どうして保守を自任している安倍首相が、こんな暴挙は許さない、といわないのか不思議ですよ。IOC(国際オリンピック委員会)も“アジェンダ21”でスクラップ&ビルドはいけない、再利用できるものはするようにとの方針を打ち出している。自然環境保護の観点からで、新国立競技場はそれにも違反している。実際、カヌー会場予定地だった葛西臨海公園は自然保護の配慮から見直すことになった。新国立競技場ができたら、景観はむちゃくちゃになります」
――これだけ問題が出て来て反対も多いのに、スポーツ関係者や組織委員会から意見が出てきませんね。
玉木「2020年の東京五輪のメインスタジアムになるのですから、JOC(日本オリンピック委員会)も、スポーツ選手も、組織委員会の森喜朗会長も、もっと発言すべきです。それが完全にJSC任せ。最初、ハディド案が採用になったとき、森会長は『あのデザインには反対だ』と言っていた。まだ五輪招致も決まらず、組織委の会長になる前ですが。まあ、森さんはロンドン五輪の組織委員長はセバスチャン・コー(80、84年五輪陸上1500メートル金メダリスト、後に政治家に転身)なのに、間違えて『ロンドンの成功はジョン・コーツ(IOC委員)のおかげ』と言ったくらいですからね(笑い)」
――(2014年8月)8日にJSCが新国立競技場の立て替えに反対する建築家の団体に回答書を送付しました。改修では国際基準を満たさない。費用の大幅な削減が見込めない改修では2019年のW杯ラグビーに間に合わないというのがその内容でした。
玉木「それは、おかしい。建築家の伊東豊雄さんが国際基準を満たす改修案を出しています。以前、JSCも設計会社に改修の設計をさせて、費用も見積もりを出させている。ロンドン五輪の会場も8万人収容でしたが、1万5000席は仮設です。そうした考えに立てば、改修で十分にいけるはずです」
――ところで、最近は会場問題やメダルの数ばかりがクルーズアップされ、20年五輪の哲学、スローガンが語られませんがいかがですか。
玉木「20年五輪は日本の体育とスポーツの考え方を変えるいいチャンスだと思います。64年の東京五輪は開会式の10月10日が『体育の日』になった。体育は人から言われてやるもの、スポーツは自発的にやるものです。いずれにしろ今のままでは20年五輪は政治家とゼネコンと大手広告代理店が儲かるだけ。何のために開催するのか、となってしまいかねない」 |