コラム「スポーツ編」
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掲載日2010-11-10
この文章は『花盛りの森を吹き抜けた旋風(かぜ)われらの六〇年代文化』(株式会社ネット武蔵野・発行)に執筆を依頼され、書き下ろしたモノです。他に、外国映画(品田雄吉)、日本映画(白井佳夫)、音楽・ジャズ(小川隆夫)、音楽・クラシック(宇野功芳)、テレビ(今野勉)、マンガ(砂川しげひさ)、狂言(ドナルド・キーン)、古典演劇(渡辺保)、美術(粟津則雄)、旅(椎名誠)…等々、小生よりも年上の多彩な顔ぶれの執筆者たちがいろんなテーマで『六〇年代文化』を書いています。その他、落語、文学、音楽(フォーク・ロック)などのテーマもあり、amazon.comで調べてみたら、本書はまだ購入可能のようです。興味のある方はどうぞ…ということで、本の宣伝も兼ねて(小生の収入には無関係ですが・笑)少々長いですが、チラリと“蔵出し”します。

『60年代のスポーツ』――その光と影と……

「1964年10月10日午後2時。いよいよ選手団の入場であります。先頭はギリシャ。旗手はジョージ・マルセロス君であります。エーゲ海の海の色を表す紺地に、真っ白い十字が、いま、東京の真っ青な空のもと、国立競技場の赤いアンツーカーのうえに映えます……」

 いまでもNHKアナウンサーの実況中継の言葉を思い出すことができる。

 当時小学6年生だったわたしは、自宅が電器屋(電気器具販売商)を営んでいたことから、まだ京都に数台しか存在しなかったカラー・テレビの真ん前に座り、世紀の祭典の開会式に見入った。

 小さな店内は、その戦後最大の国際イベントを、「色つき」の画像を見ようとする約20人の町内の人たちでひしめきあい、誰もが息を呑み、体を乗り出していた。

「鮮やかな民族衣装でアフリカからの初参加カメルーン。たったふたりの行進です。健気です。まったく健気であります」

 そのとき、「けなげって、どういう意味?」と父親に訊いたことを、いまも憶えている。

「行進はいよいよクライマックスです。ひるがえる星条旗!大選手団のアメリカ!そのカズに完全に圧倒されます!続いて470人という大デレゲーションのソビエト!圧倒的な迫力。凄い迫力!感動です。まったく素晴らしい感動です!入場行進は、今や最高潮に達しました!」

「そして最後に日本選手団の入場です。敗戦から立ち直った日本の若者たちが……」
 たしかに、それは感動の瞬間だった。古関裕而の『東京オリンピック行進曲』にのせて1時間以上も続いた世界のスポーツマンたちの行進は、まだ心の襞の柔らかかった子供の身体の奥底に、「感動」という言葉の本当の意味を、くっきりと刻み込んでくれた。

 それから2週間。毎日まいにちオリンピックを見る日々が続いた。小学校でも授業のかわりに視聴覚教室でテレビ中継を見せられ、家に帰れば町内の人たちと一緒に店先のカラー・テレビの前に座った。

 三宅義信やジャポチンスキーの重量挙げを見て大人たちは肩を凝らせた。子供たちはヘーシンクに敗れた神永昭夫に涙をにじませた。女子バレーボールで日本がソ連を倒して金メダルを獲得したときや、男子体操で日本人選手が次々と表彰台にのぼったときは、大人も子供も手を取り合って喜び、万歳を叫んだ。

 いや、そういった日本の勝利や敗北以上に圧倒されたのは、「何やらワケのわからないスポーツの凄さ」だった。

 それまで、スポーツといえば、力道山のプロレス、長嶋茂雄対金田正一、村山実の対決、王貞治の一本足打法によるホームラン、それに、栃錦と若乃花の激闘……くらいしか知らなかった子供にとって(おそらく大多数の日本人もそうだったと思うが)、100mで10秒0の世界タイ記録を出したボブ・ヘイズの隆々たる筋肉による力強い疾走は、テレビ画面を通しても、風を感じるほどのものだった。

 42・195キロを走り抜いてゴールしたあとも息も切らさず整理体操をしてみせたアベベ・ビキラの哲学者のような容貌も、ショランダーをはじめとするアメリカ水泳選手の若々しい笑顔も、輝くほどに美しく妖艶に撓(しな)るチャスラフスカの肢体も……、眼前に出現したスポーツの力強さ、美しさ、というものに、言葉を失い、ただポカーンとテレビ画面を唖然と見つめるほかなかった。

 なかでもわたしが驚いたのは、陸上競技女子800メートルに優勝したイギリスのアン・パッカーという名の美人選手だった。彼女はゴールインしたあと再び走り出し、トラックの外側の競技場出入り口付近に立っていた男性に飛びつき、キスをした。

 スポーツとは、根性や苦しみや闘いといった言葉で表現されるもの、と信じて疑わなかった子供にとって(おそらく大人にとっても)、それは、これまで考えていた日本のスポーツとはまったく別種のスポーツが、世界に大きく広がっていることを意識させられたシーンだった。

 そして夜に行われた閉会式では、松明の火によって競技場のフィールドにつくられた五つの輪が、やがて大きな一つの輪になり、普段着のままごちゃ混ぜになってなだれれこんできた世界中の選手たちが、別れを惜しんでいつまでも手を振り続けた。

「国境を超え、人種の違いや宗教の違いを超え……、もしも世界平和というものが存在するならば、それは、このような光景のことをいうのではないでしょうか……」

 そんな実況アナウンサーの言葉に、誰もがうなずいたものだった。

「祭り」の余韻はかなり長いあいだ尾を引いた。それだけに「祭りのあとの虚しさ」も強烈な長さで日本のスポーツ界にボディブロウのようなダメージを与え続けた。

 東京五輪の大成功を記念する出版物やレコードが続々と発売され、1年後には市川昆監督の映画『東京オリンピック』が公開。わたしの進学した京都の中学校では、生徒全体で集団観賞させられた。さらに当時の河野一郎建設大臣の「記録映画になっていない」という批判から「芸術」か「記録」かという論争が巻き起こり、賛否両論渦巻くなか(わたしはこの映画を史上最高のスポーツ映画だと確信している)全国民が(といっていいほどの人々が)映画館に足を運び、東京オリンピックの感動を新たにしたのだった。

 さらに翌1966年には東京五輪の開会式の日(10月10日)を「体育の日」とする祝日法改正も行われ、東京五輪の記憶が薄れないまま、次のメキシコ五輪への期待が高まった。ところが、その開催の年1968年を迎えた1月、東京大会で銅メダルを獲得したマラソンの円谷孝吉選手が、「もう、走れません」という遺書を残し、27歳で自殺。

 自衛隊体育学校でスポーツ・エリートの道を歩んだ円谷の悲劇は、戦前のナチス・ヒトラーがドイツ第三帝国の国威を示したベルリン・オリンピックを連想させたうえ、その大会の水泳200メートル平泳ぎで日本女子選手として初の金メダルを獲得した前畑秀子をはじめとする日本選手の大活躍の裏で、満州事変、二・二六事件、日中戦争……と、戦争への道を突き進んだ日本の「過去」も想起させた。そして、戦前に「スポーツは阿片」と断じた評論家・大宅壮一の言葉を引っ張り出す人もいた。

 メキシコ・オリンピックでは、サッカー日本代表チームが地元メキシコを3位決定戦で見事に破り、銅メダルを獲得。得点王に輝いた釜本邦茂選手を筆頭に、杉山、八重樫といった選手の人気も高まり、わたしの通っていた高校でも、にわかにサッカーボールを蹴り出す生徒が増え、それまで存在しなかったサッカー部が誕生するなど、全国に突如サッカー・ブームが湧き起こった。

 とはいえ、時代は1970年の日米安全保障条約自動延長を前に、全国の大学で学園紛争の嵐が吹き荒れ、スポーツは、むしろ「白い目」で見られた。

 東京オリンピックの大興奮以来、スポーツが大好きになり、自分でもバドミントンという少々マイナーなスポーツではあったが、インターハイめざして毎日猛練習に打ち込んでいたわたしに対しても、デモへの参加を迫ったり、スポーツのような「反動的」な活動はやめろ、と「オルグ」を試みる団塊世代の先輩たちが存在した。

 当時、大学の体育会系の学生のなかには、大学当局側の「用心棒」的存在と化し、ヘルメットにゲバ棒で改革と闘争を訴える学生たちを、機動隊と一緒になって暴力的に排除する連中も少なくなかった。

 そんなところから、「体育会=スポーツ=右翼」という図式も生まれ、左翼系・新左翼系の学生にとって、スポーツは断じて「体制側」「反革命側」の存在と見なされた。

 折しもプロ野球では、東京オリンピックの翌年から、讀賣ジャイアンツが「ON砲」と称された王と長島の活躍(と、金田正一をはじめとする他球団の一流選手の引き抜き)による圧倒的強さでV9(9連覇)を達成(1965〜73)。相撲界では1961年9月に当時の最年少記録(21歳3か月)で横綱昇進を果たした大鵬が、引退(1971年5月)までに32回の優勝という圧倒的な強さを発揮。

「巨人・大鵬・卵焼き」という言葉は、強さに憧れる「子供向け」のものだったが、長期間勝ち続けた巨人も大鵬も、ほぼ同時期の佐藤栄作首相(1964〜1972)による自民党長期政権に擬せられたものだった。

 そして先に書いた円谷の自殺、東京五輪で金メダルを獲得した女子バレーボール・チーム監督・大松博文が自民党から参議院選挙に立候補して当選(1968〜74)……といった出来事が、ジャイアンツ入団時に長嶋茂雄が口にしたとされる「社会党が政権を取ったら、日本のプロ野球は潰れる」といった言葉を想起させ、さらに、60年安保時に数十万人のデモ隊に首相官邸が取り囲まれたとき、当時の岸信介首相が口にしたとされる「健全な国民は後楽園球場で巨人阪神戦を見ている」といった言葉も思い起こされ、そして大学の体育会系運動部でのリンチ死亡事件なども相次ぎ、日本の60年代のスポーツは、大衆の人気を集めながらも、インテリゲンチア(知識人)からは蔑まれ、忌避されるようになったのだった。

 そんななかで日本のオリンピックでのメダル獲得数は東京オリンピックを頂点に、坂道を転げ落ちるように減少し続けた。が、それをとくに批判する人もなく、東京五輪での国策としてのエリート・スポーツマンの養成に対する批判のほうが高まり、70〜80年代には「金メダルなどいらない」(エリート・スポーツに税金を使うな!)という声が上まわったのだった。

 しかし、60年代の日本のインテリたちから文句なしに唯一評価されたスポーツマンが存在した。それは、世界ヘビー級チャンピオンのモハメド・アリだった。

 1964年2月に、カシアス・クレイという名前でソニー・リストンを破り、世界王座に就いた22歳の若きローマ五輪金メダリストは、その当時の日本では、熱烈なボクシング・ファンのあいだで話題になった程度だった。が、その後、過激派反体制集団といわれた黒人イスラム教団体(ブラック・モスレム)に入信。名前もモハメド・アリと改名し、さらに1966年にジョンソン大統領のもとで激化の一途をたどりはじめたヴェトナム戦争に対して、はっきりと反対の意思を表明した。そして、そのころから、日本でも多くの人々(とくに「反体制派」のインテリ)の注目を集めるようになったのだった。

 アリは、チャンピオン・ベルトを剥奪され、アメリカのボクシング界から追放され(ライセンスを取りあげられ)、さらに徴兵に対して兵役拒否を主張したため5年の実刑判決を受けた(1967年)。そのため、ノーマン・メイラーをはじめとするアメリカの知識人が「不当判決」の撤回運動を開始。1970年に最高裁で実刑判決破棄の決定を勝ち取り、リングに復帰したアリは、4年後の1974年アフリカ・ザイール(現コンゴ)の首都キンシャサでジョージ・フォアマンを破り、世界王座に返り咲いたのだった。

 このときアリに敗れたフォアマンは、1968年メキシコ五輪ヘビー級の金メダリスト。当時はアメリカで吹き荒れた「黒人暴動」(公民権運動)に呼応して、表彰台のうえで黒い手袋をはめた拳を星条旗に向かって突きあげた黒人選手が出現したような時勢だったが、フォアマンはリング上で星条旗を打ち振った選手だった。プロ転向後は、ジョー・フレイジャー(東京五輪金メダリスト)、ケン・ノートンといった並み居る強豪を1ラウンドか2ラウンドでKOする抜群の強さで、試合前は誰もがアリの敗北を予想した。

 しかし、それほどの強豪に対して、アリはロープを背にしてもたれかかったまま、まずフォアマンにさんざん攻撃を続けさせた。そしてフォアマンの豪快なパンチの威力をロープの緩みを利用して耐え凌いだあと、長いラウンドを闘ったことのなかったフォアマンに疲れの出た8ラウンド、一発のストレート・パンチで逆転KOしたのだった。

 そのきわめて頭脳的な作戦で予想を覆し、世界中を驚かせたアリだったが、しかしそれ以上に意味深かったのは、彼が闘いの場として選んだ場所が、アメリカ黒人(アフリカ系アメリカ人)の故郷であるアフリカの地であった、という事実だった。その結果、モハメド・アリは、単なる世界チャンピオンとしてではなく、「政治(的抑圧)」にも打ち克ったチャンピオンとして、日本をふくむ世界中の注目を浴び、衝撃とともに高く評価されたのだった。

 日本のボクシング界も、60年代は、ファイティング原田(フライ/バンタム級)、海老原博幸(フライ級)、沼田義明(J・ライト級)、小林弘(同)、藤猛(Jウェルター級)、西条正三(フェザー級)、大場政夫(フライ級)といった世界王者を輩出。70年代に入ってからの輪島功一(J・ミドル級)、具志堅用高(J・フライ級)の活躍までは、世界タイトルマッチとなると体育館は満員、テレビ視聴率も高く、おおいに活況を呈したものだった。

 その「輝き」は、第二次大戦の敗戦から7年後の1952年、白井義男がタド・マリノを破って日本人初の世界チャンピオン(フライ級)の座に就いたことの延長線上にあったといえるだろう。つまり、日本のボクシングは、力道山のプロレスとともに、戦後日本の「世界」への復帰(再挑戦)の象徴ととらえられ、人気を集めたのだ。

 しかし力道山は、八百長疑惑と身体的衰えが表面化するなか、1963年12月に赤坂のキャバレーでヤクザにナイフで刺されて死亡(享年39)。その後プロレス人気は衰退した。

 真剣勝負のボクシングは、劇画『あしたのジョー』(1968年より『少年マガジン』で連載開始)の大ヒットや、天才チャンピオン大場政夫の交通事故死という劇的な事件もあって、70年代まで人気を持続させたが、日本の格闘技人気は、「戦後」という時代が幕を下ろすとともに衰退した(その人気の復活は、「世界への復帰(再挑戦)」という意識が完全に消え、純粋な「エンターテインメント」への転換がなされる1990年代以降となる)。

 こうして振り返ってみると、60年代の日本のスポーツ界は、活況を呈しながらも、まだまだスポーツという文化の真の意義が認識されないまま、娯楽(エンターテインメント)としてのプロ・スポーツも、教育(体育・アマチュアリズム)としてのアマチュア・スポーツも、ときに国民的喜びとして、ときに社会不満に対するガス抜きとして、社会的機能を果たしてきたということができる。

 もちろん、その時々に、スポーツという舞台で真摯に闘ってきたスポーツマンの姿は、美しいものだったに違いない。しかし日本のスポーツとスポーツマンが、何物にも利用されず、独自の自立した文化としてのスポーツを展開しはじめるようになるのは、1993年のサッカーJリーグの開幕まで待たねばならなかった。もっとも、プロ野球をはじめとする多くのスポーツが、日本ではまだ現在でも自立できずに、メディアや企業や学校に利用され続けているのだが……。

 21世紀を迎えた今日では、あらゆる人々がスポーツを肯定的に語り、日本人のオリンピックでのメダル獲得を素直に喜び、サッカーのW杯での活躍に注目するようになった。そして過去のスポーツ界の出来事に対しても、美しく語る人が少なくない。が、かつて日本のスポーツ界は、その存在価値が社会的にさほど認知されていたわけではなかった。それは、「団塊」の世代の人々から「スポーツ馬鹿」といわれつづけた小生の実感である。

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タイガースって、なんやねん 第4回「球団職員にも「プロの仕事」をさせまっせぇ」

タイガースって、なんやねん 第3回「星野監督は当たり前のことをする人なんや」

タイガースって、なんやねん 第2回「今年のトラにはGMがおりまっせ」

タイガースって、なんやねん 第1回「今年はバブルとちゃいまっせ」

「関西・甲子園・タイガース」=バラ色の未来――あるタクシードライバーの呟き

第V期スポーツジャーナリスト養成塾夏期特別集中講座・配布予定資料一覧

失われた「野球」を求めて――「楽天野球団」は「新球団」と呼べるのか?

浜スタから金網が消えた!

わたしが競馬にのめり込めない理由(わけ)

プロ野球ウルトラ記録クイズ

島田雅彦vs玉木正之 対談 『北朝鮮と闘い、何がどうなる?』

野球は、なんでこうなるの?

投手の真髄――PITCHING IN THE GROOVE

「球界第二次騒動」の行方は?

2005年日本スポーツ界展望〜「真の新時代」の到来に向けて

日本のスポーツの危機

野球は「学ぶもの」でなく、「慣れ親しむもの」

ライブドア堀江社長インタヴュー「落選から西武買収まで、すべて話します」

球団・選手「金まみれ」の甘えの構造

地域社会に根ざすスポーツ

新球団『東北楽天ゴールデンイーグルス』に望むこと

闘いはまだまだ続く

中日ドラゴンズ監督・落合博満の「確信」

奇蹟は起きた!

さようなら、背番号3

プロ野球ストライキと構造改革

「メディア規制法」とスポーツ・ジャーナリズム

黒船襲来。プロ野球維新のスタート!

パラリンピックを見よう! 日本代表選手を応援しよう!

アテネ大会でオリンピック休戦は実現するか?

「NO」といえるプロ野球

プロ野球選手が新リーグを創ってはどうか?

買収がダメなら新リーグ

「逆境こそ改革のチャンス!」

あの男にも「Xデー」は訪れる・・・

F1― それは究極の男の遊び

「戦争用語」ではなく「スポーツ用語」を

スポーツは国家のため?

阪神優勝で巨人一辺倒のプロ野球は変わりますか?

「高見」の論説に感じた居心地の悪さ

原稿でメシを食ったらアカンのか?

アメリカ・スポーツライティングの世界

<戦争とスポーツ>

長嶋野球の花道と日本球界の終焉

スポーツを知らない権力者にスポーツが支配される不幸

ニッポン・プロ野球の体質を改善する方法

草野進のプロ野球批評は何故に「革命的」なのか?

理性的佐瀬稔論

新庄剛志讃江――過剰な無意識

無精者の師匠、不肖の弟子を、不承不承語る

誰も知らないIOC

日本のスポーツ・メディア

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