新国立競技場問題にエンブレム問題。2020年東京オリンピック・パラリンピックに関しては、多くの日本国民が、「本当に上手くできるの?」と首を傾げているのが実状だ。が、今はさほど騒がれていないが、さらに大きな問題が存在する。
それは、来年のリオデジャネイロ五輪から112年ぶりに復活するゴルフ競技の会場問題だ。
東京五輪では、埼玉県川越市(の山奥?)にある超名門ゴルフコースの霞ヶ関カンツリー倶楽部で行うことになっている。が、この会場決定には、以前から多くの問題が囁かれていた。
そもそも世界のトップ・ゴルファー男女各60人を、都心の一流ホテル(又は選手村)から会場まで、都心から50キロ以上も離れた場所へ毎日送り迎えできるのか? 五輪専用レーンを設けるのだろうが、その結果、都心の交通が大渋滞するのは火を見るよりも明らかだ(しかも、莫大なレーン使用料を株式会社首都高速道路株式会社に支払うことになるらしく、長い移動距離の警備も、当然難しくなる)。
さらに7月下旬の気候。霞ヶ関CCは日本一暑いとも言われる熊谷市のすぐ傍の、さらに内陸に位置するゴルフコースで、真夏のコース上では気温40度を軽く超すとも言われ、選手はもちろんギャラリーの健康への配慮が心配になる。今年の真夏、五輪開催時と全く同じ時期に偶然同コースをラウンドした人の話では、「直射日光を避ける場所もなく、とてもゴルフができる環境ではなく、ギャラリーの中から熱中症が出るのは避けられないだろう」とのことだった。
……といった問題もけっして小さくはない。が、さらに大きな問題は、この霞ヶ関カンツリー倶楽部が、日本の名門中の名門といわれるゴルフ場で、旧皇族、政治家、財界人が会員として名前を連ねる名門プライベート・コースである、という点だ。
オリンピックは国家的イベントで、観客席、記者席、駐車場、大会本部その他の会場整備や大会期間中の営業損失保証(借用料)、大会終了後の現状回復等に、当然国や東京都の税金が使われる。が、一般の人が会員になれず、特定の人しか会員としてプレイできないような施設に、公金(税金)を投入していいものだろうか。
IOC(国際オリンピック委員会)は、「アジェンダ20+20」(オリンピック運動の40ヶ条の戦略的行程表)を、昨年12月に発表し、オリンピック大会終了後の「レガシー(遺産)」を最重要視する姿勢を表明した。
その方針に従い、来年開催のリオ五輪のゴルフ会場も、当初予定されていたプライベート・コースでの実施を取り止め、新たに市営のパブリック・コースを建設。現在も建設中で、五輪後は一般市民に開放されることになった。
つまり霞ヶ関CCでの五輪開催は、「レガシーの尊重」というIOCの最重要方針に決定的に反しているのだ。もちろん霞ヶ関CCが、五輪をきっかけにして、誰もが利用できるパブリック・コースに転じるというなら問題はない。いや、それほど素晴らしいことはない。
が、本誌編集部記者が霞ヶ関CCの木村希一理事長に直接疑問をぶつけたところが、「それ(レガシー)については回答を控えさせていただきます。取材は広報を通して下さい」との返事。そもそもトップがレガシーを語れないようなCCで五輪を開催しようと考えることが間違っているのだ。
とはいえ、当初は私自身も、この問題をさほど重要な問題とは考えなかった。というのは私自身、ゴルフ改革会議(議長=大宅映子)という団体の副議長という立場にあっても、自分自身でゴルフクラブを握ったのは数回で、ハワイの波越えグリーンにワンオンしたのが唯一の自慢という程度。
ゴルフはあまり好きなスポーツではないが、「ゴルフとあまり縁のない人にも改革会議に加わってほしい」とジャーナリストの上杉隆氏に要請されて加わったものだった。
だからこの「五輪ゴルフ場問題」も、最初は、エリート臭がプンプンと臭ういかにもゴルフ界的な事件という程度の認識だった。
が、改革会議のあるメンバーから一冊の印刷物を見せられた瞬間、その認識が一変した。それは『慶応高等学校同窓会会報誌JKJukuko vol.14 2015
SPRING』に掲載された『2020私たちの聖火第2回/26大会ぶり、ゴルフ復活!2020東京オリンピック、競技場決定の舞台裏』と題された特別座談会だった。
出席者は、高橋治之(2020東京オリンピック組織委員会理事・元電通国際本部長)、竹田恒正(2020東京オリンピックゴルフ競技対策本部長・日本ゴルフ協会副会長)、永田圭司(日本ゴルフ協会専務理事・2020東京準備委員会委員長)、戸張捷(日本ゴルフ協会常務理事・2020東京準備委員会副委員長)の4氏で、いずれも慶応高校大学の卒業生。霞ヶ関カンツリー倶楽部の会員でもあるという。
これは、もう「ゴルフ界のエリート臭」などと嗤っていられない事態である。この記事を見た途端、私は非常に不愉快な気分になった。そもそもオリンピックという国家事業、国民的祭典を、同じ「学閥」の関係者だけで自分達が事を為したかように語っていいものか!(友人の慶大出身者も「ヤリスギだ」と不快感を示した)。
しかも座談の内容は、問題だらけ。東京五輪のゴルフ会場は、最初東京都が所有する東京湾の埋め立て地にある、交通の便も良い若洲ゴルフリンクスに決まっていた。が、「詳細を詰める段階になって私たちの委員会で検討すると、残念ながら若洲は適さない」(永田氏・以下同)それは20万人の観客の収容、(五輪には)36ホールが必要で、若洲には不可能、霞ヶ関なら「既存の施設を利用」し「自己負担で改修して、オリンピックをお迎えできる」というのだ。
が、この問題を取材し続けてきた上杉隆氏は、それらの発言を「若洲に行ったことも見たこともない人の根拠のない勝手な発言」と断言する。ゴルフ改革会議のメンバーで現地を実測した結果、むしろ国際的なコースに簡単に改修できるのは若洲のほうで、観客の収容も問題ないという。
しかも霞ヶ関の改修は自己負担と言いながら、そこには休業補償、放映権料、現状回復工事費、コンサルティング料等々、様々な金銭が動き、彼らが霞ヶ関CCに五輪会場を持ってこよう(若洲を会場から外そう)とするのは、プライベートコースならそれらのカネの動きが曖昧にできる(都営パブリックコースならカネの動きをすべて表面化せざるをえない)からではないか、という推測も成り立つという。
そのためのJGA(日本ゴルフ協会)・霞ヶ関CC・電通、そして慶応という「派閥」が蠢き、何らかの共通の利益を求めて動いた結果が霞ヶ関CCでの五輪ゴルフ競技の開催となった……とも考えられる、と指摘する人もいるのだ。
先に紹介した慶應義塾同窓会会報誌の座談会では、「レガシー」についての発言は、たったの一言もない。つまりIOCが提唱するレガシーを無視して霞ヶ関CCに決定されてしまったのだ。
今の状態では、世界のトップ・プロゴルファーが男女合わせて百人以上集まり、スーパープレイで競い合う東京オリンピックのゴルフ競技は、都心からけっして近くはない、交通の便がよいとも言えない、日本でいちばん暑い場所で、日本でいちばん暑い灼熱の季節に、行われようとしている。
しかも、それを決定したのが、エリート自慢の学閥関係者たちの“利益誘導”によるとするなら、これは新国立競技場、エンブレムと並ぶ大問題であり、直ちに見直し作業に着手すべきだろう。 |