――坂井さんは昭和39年に大毎(毎日大映)オリオンズが東京オリオンズと名前を変えたとき以来、親会社の社員としてではなく、プロの球団経営者としてプロ野球と関わってこられました。その間、永田雅一(黒澤明の映画『羅生門』などをプロデュースした大映社長)、中村長芳(岸信介元首相の秘書)、重光武雄(ロッテ・オーナー)、堤義明(西武オーナー)、中内功(ダイエー元オーナー)といったオーナーと身近に接し、球界の表も裏も知り尽くされた方として、今回の「1リーグ化騒動」をどのように見ておられますか?
坂井 まったく情けないですよ。いまにも沈みそうな泥船状態。コミッショナーも両リーグ会長も、オーナーも球団関係者も、みんな当事者能力を欠いている。
――そもそもの発端は近鉄球団が赤字に耐えられなくなったことですが・・・。
坂井 近鉄は野茂を怒らせて手放し、ドラフト指名した福留の獲得にも失敗。石井のトレードにも失敗して次々と選手に出て行かれた球団ですよ。球団運営をやる気もないし、人材もいない。それだけのことです。
――だったら35〜40億円の赤字というのもやっぱりウソですか?
坂井 近鉄程度の球団でも年間30〜35億円の収入はある。それで40億円の赤字というなら運営経費が年間70億円以上。巨人でもそんなにカネを使ってません。赤字40億円なんて、いい加減な数字です。
――合併相手のオリックスも赤字だといわれてますが・・・。
坂井 オリックスはポスティング・システムでイチローをシアトル・マリナーズに譲り、トレードマネーが15億円といわれたけど、本当は17億円で、それは球団ではなく本社がとったんですよ。球団に入れてチーム強化に使うべきなのに、それまでに赤字が累積しているからとかいってね。
――それなら球団が赤字になるのも当然でしょうが、今年の1月に近鉄はネーミングライツを持ち出しました。
坂井 球団の命名権の売買自体は何も問題ない。私が東京オリオンズのユニフォームの胸に2億円で「LOTTE」という文字を入れたり、球団名までロッテにしたのも、一種のネーミングライツの売買だった。それに西鉄ライオンズが潰れるというので、パ・リーグのオーナーが買ってくれる企業探しに奔走したけど見つからず、とうとう中村長芳氏が自宅も奥さんの宝石もすべて叩き売って西鉄からライオンズを買い、福岡野球株式会社を作ったときも(72年末)、運営資金がなくてゴルフ場開発会社やライター製作会社から資金を得て、太平洋クラブ・ライオンズとかクラウンライター・ライオンズという名前にした。これらは完全なネーミング・ライツの売買です。
――オリックスの二軍の「サーパス」という名称も穴吹工務店が買ったものですが、戦前にも国民新聞が作った大東京というチームがライオンと名を変えたときは、ライオン歯磨から資金を得たそうです。
坂井 だから過去に既にあることで、命名権の売買はいかんといって撤回させたのはおかしい。けど、近鉄がその命名権に35億円、優勝したら40億円という法外な値段を付けたのは間違いです。チームが最下位になったらイメージは最悪ですから、当然ネーミングライツを買ったスポンサーは経営に干渉してきます。命名権料はせいぜい3億円くらいなもので、これは形を変えた球団売買です。加盟金の30億円を払わずに済む作戦を考え出したんですよ。
――その30億円の加盟金は坂井さんがダイエーの球団代表をされていたときの実行委員会でつくられたものですよね。
坂井 そうです。私が発案しました。当時、佐川急便が政界から相撲界までカネをばらまき、プロ野球にも進出するという話があった。結局、佐川急便事件の大スキャンダルになったんですが、そういう一時的な動きは球界の安定につながらないし、当時のルールで参入を拒否するのは裁判になったら負ける、ということで、だったら障壁をつくろうということになったんです。
――いまではその加盟金が障壁になり、独禁法違反の声もあがってます。
坂井 時限立法として、役割を終えたときに改めるべきだった。けど、いまの実行委員会には、そういう熱意がない。昔は侃々諤々何時間でも膝詰め談判やりましたが、いまは野球が好きで野球を何とかしようと思う人がいなくなって、親会社からの管理者ばかり。おまけに根来コミッショナーに「小田原評定(長引いて決定しない会議を揶揄した表現)」などと無礼なことをいわれて、誰も反発しないのですからね。
――そういう根来コミッショナー自身、何もしないし、何も動こうとしない。
(中略)
――現在のプロ野球のオーナーたちはビジネスマンとしても三流なんでしょうが、ナベツネ時代はまだ続くのでしょうか?
坂井 ナベツネ時代なんて存在しません。彼は信長でも秀吉でも家康でもない。せいぜい斎藤道三です。小さな自分の国を支配しようとしてるだけ。そこへ黒船が現れた。
――ライブドアの堀江社長ですね。
坂井 そう。彼のような新しく出現した人間に対して「自分の知らない人間に球団を売れない」といったのは、ナベツネ自身が自ら過去の人間であると宣言したようなもので、自分で寿命を縮めましたね。堀江はなかなかしたたかな人間で、近鉄を買収したら株式を選手にも持たせて黒字運営をするとかいってるけど、まだまだ彼の本当の狙いは口にしていないと思う。
――本当の狙いとは?
坂井 推測するしかないけど、4年後の北京五輪も視野に入れてるでしょう。私自身は北京五輪の野球で中国に優勝してほしいと思ってる。そしたら野球はアジアと世界に一気に広まりますよ。堀江もそこを狙ってるはず。おくびにも出しませんけどね。
――ただ、黒船というのは一隻では力がなくて、幕末の日本も、アメリカのペリーだけでなく、ロシア、イギリス、フランスと押し寄せたから開国したわけですよね。
坂井 そう。先陣を切る人間は矢面に立つから、堀江は野球界では自分の望みを叶えられないかもしれない。けど、時代は動きます。第二第三の堀江が出てくる。坂本龍馬、勝海舟、西郷隆盛なんかがみんな倒れたあとに大久保利通が出てくるわけだ。
(中略)
――いずれにせよプロ野球は、ただ単に1リーグか2リーグかといった問題ではなく、大きな改革というか、革命的な変化の時を迎えているわけですよね。
坂井 そのとおりです。ほんとうならもっと早く訪れていたはずの日本経済のバブル崩壊が、プロ野球には遅れてやってきた。
――それは、なぜ遅れたのでしょう?
坂井 長嶋茂雄さんがいたからですよ。
――僕も、そう思います。Jリーグが誕生してプロ野球が危機を迎えたときも、長嶋監督人気で乗り切った。
坂井 セ・リーグだけじゃなくパ・リーグも、長嶋の存在におんぶに抱っこで、問題が表面化せず、決定的な局面は回避してきた。ところがその存在が倒れて、あらゆる問題が噴出したわけだ。
――そういう革命的状況で、一気にJリーグのような組織への転換というのは・・・?
坂井 それは無理です。Jリーグとプロ野球球団では金銭的規模が違いすぎる。現実的に考えられない。アルビレックス新潟が成功してるという人もいるけど、わずか3〜4年の成功例。プロ野球にもそういう時期はあった。Jリーグも、いずれその成功パターンが忌まわしき伝統的シガラミにもなりかねない。組織とはそういうものです。だから、Jリーグはいまがピンチ、プロ野球はいまがチャンスなんです。
――球界はそのチャンスをつかめますか?
坂井 日本人は叡智を持ってますよ。民衆が求めるものに、うまくリーダーが旗を振る。その先駆者があんがい堀江君かも(笑)。 |