先月号の本欄で、「どんどん出てこいスポーツ界の不祥事」と書いたから、というわけでもないだろうが、今度は、かなり重大な案件が表沙汰になった。
それは女子体操でリオ五輪で団体4位の成績にも貢献し、東京五輪でのメダル候補でもある宮川さえ選手(19)へのパワハラ事件である。宮川選手は「2020東京五輪特別強化選手特別強化対策」に参加しなかったことで、塚原千恵子強化本部長や塚原光男朝日生命体操クラブ総代から様々な不利益を被り、朝日生命体操クへ引き抜かれそうになったことなどを訴えた。
が、塚原夫妻はいくつかのテレビ番組に出演して、その訴えを全面否定。引き抜きの事実もないと反論。さらに宮川選手を長年にわたって指導してきた速見佑斗コーチが、練習場で宮川選手に往復ビンタなどをふるっている映像が流出。結局、塚原夫妻の職務を一時停止すると同時に、第三者委員会の判断を待つことになった。
この案件が他のスポーツ界の案件と少々異なるのは、マスメディア(とりわけテレビ)が上手く利用されている点である。利用しているのは塚原夫妻。様々な記者が次々と質問を浴びせる記者会見は行わず、ワイドショーやニュース番組に出演。それも生出演ではなくビデオ撮り出演(すべてをチェックはしていないが、生出演はなかったようだ)。そして体操界やスポーツ界にあまり詳しくない芸能界出身のキャスターなどの質問に答えていた(懇談していた?)。
宮川選手の「パワハラ告発」によって地に堕ちたイメージを回復しようとの「作戦」だったのだろうが、だからといって、体操界やスポーツ界に詳しい人物がインタヴューすればイイというものでもなさそうだ。
テレビ朝日の「モーニングショー」で今回の事件について語ったときの宮嶋泰子さんの発言は、あまりにも塚原夫妻擁護に終始し、私も少々唖然としてしまった。宮嶋さんは、女性のスポーツに対する理解を広げる活動に熱心に取り組むなど(私もその活動に参加させていただいたことがある)、スポーツに対する理解度の高い方だが、今回の発言は塚原夫妻との旧交に阿すぎたのか、あるいは10月末からカタールのドーハで開催される世界体操選手権の放映権をテレビ朝日が持っている関係上、体操協会の波風をなるだけ早く鎮まらせたかったのか、いずれにせよ、宮嶋さんの言説はジャーナリストの発言とは思えなかった。
先に私は、この体操界の案件を、当事者がメディアを上手く利用(しようと)している点から、他の不祥事とは少々異なると書いた。が、一方でこの案件は日本のスポーツ界の最も悪い面を露骨に表出させた一件とも言える。そして、その悪い面は他のスポーツ界の案件とも共通する点が多いのだ。
日本の女子体操界には、スーパー・トップに朝日生命体操クラブが君臨している。一強多弱。しかも体操協会の幹部も同クラブの関係者。国内大会の判定にも影響をおよぼすという。となると、パワハラが起こらないはずがない。「ウチに来れば良いことが……」の一言でパワハラは明らか。引き抜きなどしていない(本人が希望した)という言い訳は通らないだろう。
これは、至学館大学女子レスリング部と日本レスリング協会の関係、奈良県ボクシング連盟や芦屋大学ボクシング部と日本ボクシング連盟の関係とまったく同じ。ひとつのクラブだけが突出して強くなり、その利害関係者がそのクラブの突出した強さ(利益)を守ろうとする。そのため優秀な選手を引き抜き、審判の判定にも介入し、一強多弱体制は維持されてゆく。
これは、日本スポーツ界に堂々と存在していた体制である。もう気づいた方もおられるだろうが、それは読売巨人軍とプロ野球界の関係そのものである。
古くは南海ホークスのエース別所毅彦を引き抜いたことに始まり、自ら定めたドラフト制度を反故にするような手法で法政大学のナンバーワン投手江川卓投手を獲得。他チームの一流選手を次々と奪い続け、どれだけファンから非難の声があがっても、親会社である読売グループのマスメディアの力で、それを封じ込めてきた。
最近は聞かれなくなったが、かつては「巨人寄りの判定」が何度も取り沙汰され、私自身ある春のキャンプで、セ・リーグの退職する審判員が、「いやあ、いろいろ大変でしたよ。巨人からの圧力が強くって……」とボヤいたのを間近に聞いたことがあった。
そんなプロ野球を、どのようにすれば魅力あるものになるかと、『朝まで生テレビ』を初めとする討論会が企画され、私も何度か出席したことがあったが、NHK−BSでの同様の番組で(司会は、評論家時代の星野仙一氏。広岡達朗氏やコミッショナー事務局長、セ・リーグ会長、巨人球団代表などが出席)、私が、「巨人がメディアの力で一強多弱体制を維持するのでは球界全体の発展につながらない」と発言すると、巨人の球団代表が、「しかし巨人が勝たないと野球の人気が落ちるんですよ」と言った。
この馬鹿げた回答にウンザリした私は、「巨人が勝って人気が上がるなら八百長をやればいいでしょう」と言い返したのを憶えている。
こんな不毛な討論番組から20年以上を経て、優秀な選手は巨人より米メジャーを目指すようになった。そして高校野球を含めた日本の野球の未来に対する意見はマスメディアを通じては出てこない。日本のスポーツの多くはマスメディアと癒着し、そもそも日本にはスポーツ・ジャーナリズムが存在していないのだ。
いまプロ野球(のペナントレース)は巨人の一強多弱ではなくなった。が、メディアの力による潜在的な巨人一強多弱体制は続いている。体操界もレスリング界もボクシング界も、日本のスポーツ界の組織体制はプロ野球のような一強多弱を目指すのではなく、読売ヴェルディの排除に成功した(そしてマスメディアの支配を逃れた)サッカーのJリーグを真似るべきだろう。
そうしてメディアは日本のスポーツ界の真の成長を促すために、そろそろスポーツへの支配や所有を止め、ジャーナリズムに徹するべきだろう。
塚原夫妻も体操界全体を差配する立場に立つなら、Jリーグのチェアマンのように自らのクラブの運営からは離れるべきですね。 |