「オオーッス。元気にしてたかぁ?」
「あ。センパーイ! 学校休んで何してたんすかぁ?」
「クルマの免許」
「ええーっ! マジッすかぁ?」
「来年なったら大学の野球部の自主トレも始まるよって、今でないと時間ないから、教習所に通とった。あと4〜5日で仮免や」
「それって、センパイ、マジにヤバいッすよ。そんなことしてる場合じゃないッすよ」
「なんでやねん」
「ウチらの高校、マジヤバなん、知らないんッすかぁ?」
「どないしたんやねん」
「センパイ、世界史の授業、とってないっしょ」
「おれの時間割は、センセにいわれたとおりに組んどったで。授業には出とらへんけどな」
「それが、ペケなんッすよ」
「授業に出んことなんか、常識やないけえ。俺ら、野球やっとんやから」
「いや、授業の時間割そのものが、ペケやッたんすよ」
「なんやねん、それ」
「センパイ、テレビのニュース見てないんッすかぁ」
「松坂の60億円は知ってるで。ごっついなぁ、松坂クラスになると……」
「そんなこといってる場合じゃないッすよ。ウチらの学校も、必修の世界史、無視しとったんッすよ。それがバレて、3年生は冬休みと来年に補習授業やることになったんッすよ」
「世界史が必修? なんで日本史とちゃうねん。俺ら、日本人やのに……」
「今頃、そんなこといわんでくださいよ。どうせ授業出とらんのッすから」
「そうや。俺ら野球部の人間には、適当に単位くれよるんやから。おれ、地理でも物理でも、レポートは『めざせ甲子園!』で単位もろたんやから」
「なんすか、それ」
「甲子園でがんばるって書いただけや」
「マジッすか。すっげえ度胸やないッすか。けど、今回はマズいみたいッすよ。世の中、こんだけ騒いだんッスから、補習に顔だけでも出さないと問題ッすよ。委員会とかナントカのほうからも、見に来るとかいっとるッちゅうし……」
「どうもない、どうもない。そんなこというて、もしも俺が卒業でけんようなってみい。俺の大学内定は取り消しになるわな。ほな大学が怒りよる。左投手が絶対にほしいいうて、俺らの高校に頭さげて、いろいろ交渉して、俺の入学が決まったんやで。せやから、ライバルのXX投手はおんなし大学に入るのんやめよった。せやのに、俺が単位不足で大学に行けません、みたいなことになってみい。もう大学はカンカンやで。この先、俺らの高校からの推薦入学、受け付けへんいいだしよるで。クワタがワセダ蹴飛ばしてキョジンに入ったあと、ワセダが何年もピイエルガクエンからの入学を断ったようなもんや。そないになったら困るのは俺らの高校やで」
「そら、そうかもッすけど、センパイ。ウチら、家庭科も習字もやっとらんッしょ」
「なんやねん、それ」
「高校の授業でやらないかんッちゅうもんッすよ。それも補習やるそうで、進学コースの連中なんか、大学入試の直前にカンカンッすよ。なのに野球部だけがスルーッちゅうわけにはいかんッすよ」
「ほな、その補習に全部出て、レポートもちゃんと出さなアカンちゅうのんか?」
「やっぱ、そういう情況みたいッすよ。それに中学部のほうでも、イジメがあったとかなかったとかで、親と揉めたりもしてるみたいッすから、野球部のカントクも、これからは授業だけはきちんと顔出すようにせい、後輩イジメもアカンッて、ウチらいわれたくらいッすから」
「あのカントクが、そんなこといいよったんか。尻(ケツ)バットで選手イジメとったんは、オノレやないけえ」
「そうなんすッけど、そういう情況ッすから。運転免許は、また、いつか取れますッて」
「そんなこと、どうでもええ……」
「???????」
「……おまえ、逆上がり、できるか?」
「なんッすか、とつぜん、逆上がりって……」
「鉄棒の逆上がりや」
「できますよ。小学校のとき、やらされたやないッすか」
「……おれ、逆上がり、でけへんねん……」
「うっそお。マジッすか。センパイ、運動神経メチャスゴやないッすか。プロ野球のスカウトも来たくらい……」
「野球はでけても、逆上がりはでけへんねん。俺、リトルのときから日本代表とかで、海外行ったりしてたやろ。野球ばっかりやっとって、小学校の授業は、ぎょうさん休んだんや」
「そんな奴、野球やっとるなかには、いっぱいッすよ」
「ほんで、あるとき久しぶりに学校行ったら、ちょうど体育の授業で、逆上がり順番にやらされて……。みんなは、それまでに何回も授業でやらされて、ほとんどの奴らができるようなっとるのに、俺だけでけんかった……」
「そんなこと、どうでもいいやないッすか。センパイはリトルのときから、凄いストレート投げるエースで、全国でも有名やったやないッすか」
「けど、逆上がりがでけへん……で、皆に嗤われた……。それから、ますます学校行かんようなって、中学でもボーイズリーグばっかやってて、そのカントクにいわれて、この田舎の高校に入って、授業料も合宿代もタダで、甲子園めざして……」
「イイやないッすか。ウチら、授業なんてチョイ出やのに、授業料たくさん払わされてるんッすよ」
「……けどな。やっぱり、逆上がりはでけんとアカンのんとちゃうかと思いはじめたんや」
「マジッすか」
「チョイマジや。そんなもん、社会に出てからも、屁の突っ張りにもならんちゅうことは、わかっとる。けど、やっとかなアカンもんは、やっとかなアカンのんとちゃうかなあ……」
「そんなこと、なんで、とつぜん、思うようなったんッすか?」
「このまえ、教習所行っときに、W大に進んだセンパイのQさんにバッタリ逢うたんや」
「へええ。Qセンパイ、元気ッすか?」
「ああ。もう卒業して、東京のテレビ局でディレクターしてる」
「マジスゴでチョーカッコエエやないッすかぁ」
「そのQセンパイが、最近、番組のゲストに出たスポーツライターの人と一緒に酒飲んで、思いっきし怒られたッちゅうねん」
「なんかしたんすかぁ?」
「いろいろ話するなかで、野球ばっかりやってて本なんか一冊も読んだことないッていうた途端、そんな奴がマスコミで仕事してるのは許せない、スポーツ番組をつくるのも許せない、スポーツを馬鹿にするな、本くらい毎日一冊読め、ソーセキくらい全部読め、それが常識や!って、メチャキツにいわれたッちゅうんや」
「ソーセキッて、なんすかぁ?」
「ナツメソーセキいうてな、むかしナツメマサコッて、エロカワのグラドルの大女優がいて、その人と結婚した人が大小説家やったんやと」
「ウチら、小説なんか読まんッすよ」
「俺も読まんけど、Qセンパイに、俺も読むから、おまえも読まなアカンッていわれたし、学校の勉強もきちんとやっとかなアカンッていわれた」
「それで、逆上がりもッつうわけッすかぁ」
「そうや……。おれ、世界史の補習、出ることにするワ。Qセンパイがスポーツライターの人にいわれたらしいけど、野球やるモンはアメリカの歴史くらい知ってんとアカン、サッカーやるモンはヨーロッパの歴史くらい知っとかなアカンッちゅうことらしい。それって、逆上がりよりも大事な気もする」
「マジッすかぁ。そんなら、ウチらもナツメマサコ読むことにしますよ」
「あほんだら。ぼけ。ナツメマサコやない。ナツメソーセキや。間違うな!」 |