鈴木隆の長編小説『けんかえれじい』は、鈴木清順監督によって映画化もされたため、知っているひとも少なくないと思う。
が、原作の小説を読んだひとにはめったに出逢わない。残念なことである。これほどおもしろい青春小説は、ほかにないのに・・・。
これは、凄絶な物語である。血気盛んな会津の旧制中学生が、毎日まいにち喧嘩に明け暮れる(その描写は、喧嘩の理論、戦略と戦術などの詳しい解説とともに、抱腹絶倒モノである)。集団を組織し、警察官とも丁丁発止の戦いを繰り消し、恋もし、失恋もあり・・・という青春時代を過ごした主人公の麒六(きろく)は、やがて、最大の喧嘩に巻き込まれる。それは、戦争。
軍隊に入り中国戦線に赴いた主人公は、戦争という喧嘩に強烈な虚しさを覚える。上官のビンタ、憲兵の横暴、敵との戦い。そこには、かつて田舎で喧嘩に明け暮れていたときの爽快感もなければ、達成感もない。それでも、反抗もし、耐えもしながら小隊長にまで昇格した麒六だったが、破傷風に倒れ、死線をさまようなかで軍隊から脱走する。
《今回の喧嘩は、その相手は米英でもなく支那軍でもなく憲兵でもなかった。自分の体内において猛威を揮い出した手強い細菌部隊に外ならなかった。(略)「人間万事皮肉なもの」である。剣技に滅びなかった彼も、微細な菌毒に対して果てを施す術もないではないか》
――漱石の『坊ちゃん』以上の痛快きわまりない青春小説を、呵呵大笑しながら読み進むと、最後に強烈な無常観が待ち受けている。戦前・戦中という時代の詳細な描写と、その時代に青春を過ごした若者のあまりにも短い人生。
とはいえ、これは、安易な反戦小説などではない。最近『戦争論』なる漫画がベストセラーになったらしいが、その作者も愛読者たちも、この小説を読めば、戦争の何たるかを理解するに違いない。
******
「石油のためのブッシュの戦争」に駆り出された自衛隊の皆さんにも、彼らを日の丸を振って送り出した皆さんにも、そして完全な判断ミスをしてしまった日本の指導層たちにも、ぜひとも読んでほしい小説である。 |