コラム「ノンジャンル編」
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掲載日2021-10-27
この原稿は、矢崎良一氏の著作『松坂世代』(河出文庫・2006年10月10日初版発行)の〈解説〉として書いたものです。同内容の単行本が河出書房から出版されたのが2003年9月30日で、そのとき「平成の怪物」と呼ばれていた松坂大輔投手と、その世代の仲間たち(松坂世代)は、まだ22〜23歳。たしかに松坂は高校を卒業して西武ライオンズに入団するや、すぐに16勝して最多勝を記録。その後も3年連続最多勝投手になるなど「怪物」の異名どおりに活躍を見せた。が、まだまだ大学を卒業する年齢での「評伝」はいかんせん早すぎると思った小生は、文庫化での「解説」の原稿依頼に、執筆を躊躇ったことを今も憶えている。が、本文を読んでみて、まだ山のものとも海のものともしれない若者たちが、松坂という「怪物」の周囲で蠢いている姿を優しい眼差しで見つめ、文章にした作品を読み、そのままの感想ならば書けるかな……と思って書いたのがこの文章です。スポーツの「勝敗」は決着の付くのが早い。けど人生の「勝負」の決着は……? つい最近選手としてのユニフォームを脱いだ松坂にしても、人生はまだまだコレからだろう……という気持ちで"蔵出し”します。御一読下さい。

カオスからコスモスへ−−若者たちの形造る「小宇宙」=矢崎良一『松坂世代』河出文庫〈解説〉

 世代論は難しい。
 いったい、なぜ、ある世代にだけ傑出した人材が多数出現するのか。
 いったい、どうして、そのような特出した世代が、一定の(と思えるような)周期で繰り返されるのか。

 理由はまったく判然としない。占星術を信じるわけではないが、それは、まるで、生まれ落ちたときの星のせい、とでもいうほかないようにも思える。
 しかも、プロ野球の世界には、なぜかその現象がきわめて明快に現れているのだ。

 星野仙一、田淵幸一、山本浩二、衣笠祥雄、有藤道世……は、1946年度の生まれ。江川卓、掛布雅之、遠藤一彦、斎藤明夫、山倉和彦……は、1955年度の生まれ。清原和博、桑田真澄、佐々木主浩、大塚光二、笹岡真司、田中幸雄、デニー友利……は、1967年度の生まれ。そして松坂大輔をはじめとする1980年度生まれの野球選手は、本書に書かれているとおりである。

 いや、ほかの年だって優れた選手は数多く出ている……と思う人もいるだろう。たしかに、厳密に選手の成績に基準を設け、その基準をクリヤーした選手に人数をかぞえあげてみれば、各年度ごとの数字は、さほど大きなばらつきを生じるものではないかもしれない。

 しかし、ここに書きあげた選手の名前と本書で取りあげられた選手の名前を見るだけでも、そこにはひとつの「クラスター(塊=かたまり)」が生じていることを、誰もが驚きとともに感じとるにちがいない。

 この「クラスター」のなかで、最も理解しやすいものは、1967年度生まれの清原や桑田の存在する「塊」である。というのは、前年の1966年が「丙午(ひのえうま)」の年に当たった。「丙午の女は男を食う」とか「丙午の娘を嫁にもらうと火事に遭う」といった、まったく何の根拠もない過去の迷信がメディアの話題になり、60年に一度おとずれるこの年は、新生児の出生数が前年や次の年と較べて百万人以上も減少した。

 つまり公立の小中学校では、上のクラスが6クラス、下のクラスも6クラスあるのに、その間に挟まれたクラスだけが3クラス、というような状態が人為的に生み出されたのである。そして学校のスポーツクラブでも、その学年だけ部員数が少なく、下の学年の部員が早くレギュラーになれる、といった状況が生じたのだった。

 毎年一定の定員を募集して入学させる私学では、そこまでの量的格差は生まれなかったが、それでも質的格差は免れなかった。同級生の人数が少なく、競争で揉まれる機会がどうしても少なかった年代の子供たちは、スポーツという実力のみで勝敗を競う世界に必須の「勝ち残る力」を養い難かった。そして下の世代の子供たちに、追い抜かれることが頻発したという。

 PL学園高校1年生のときからエースと四番打者として活躍した桑田・清原のコンビは、そんな事情を背景として輩出されたと考えられる。さらに、下級生が上級生を追い抜くことを、まったく当然の現象と思うようになったためか、桑田、清原、佐々木らの次の年第(1968年度生まれ)にも、野茂英雄、長谷川滋利、高津臣吾、木田優夫といったメジャー・リーグ組の「塊」が生じた(さらに1969年度生まれには伊良部英輝がいる)。

 逆に、星野仙一、田淵幸一、山本浩二、衣笠祥雄……といった約宇選手の「クラスター」は、第二次世界大戦終戦直後の1946年度の生まれで、その後のベビーブームで続々と生まれる「団塊の世代」の先駆けであり先輩であることが、「上に立つ」という点で優位に働いたとも考えられる(翌1947年度生まれの野球選手には、福本豊、堀内恒夫、若松勉、江本孟紀……、続く1948年度生まれには、江夏豊、山田久志……らがいる)。

 こうしてみると年度ごとの「クラスター」を理解するうえで、本書に書かれた次の文章は、じつに見事な表現というほかない。
《甲子園で松坂は太陽になった。あのとき、松坂という太陽の周りを数えきれないほどの惑星が行き交った。少なくとも、4万2千550人の同級生はみな惑星だった。惑星たちは太陽が発する光と熱を浴びた。太陽に近づけば近づくほど、その光と熱は強烈だった。そこで強い光を反射させる者もいれば燻(くすぶ)る者もいる。あまりの眩しさに思わず目を背けた者もいることだろう》

 そうなのだ。絶対に断ち切ることのできない関係性−−すなわち社会性を帯びるなかで生きていくほかない人間は、根拠の判然としない不可知論的占星術などではなく、まさに大宇宙の恒星や惑星、さらに無数に存在する彗星などと同様の「生き方」をしているにちがいない。

 それぞれの「星」が互いに重力(質量)や光で影響を及ぼし合い、やがて一定の軌道を得る。「光り輝く太陽」といえど、巨大な銀河の渦巻きのなかで、ある軌道を得たありふれた恒星のひとつともいえる。そして星は次々と生成され、光り輝き、新たな惑星系を形造り、やがて死滅する。

 本書に描かれた「星々のかたまり」が、いったい、なぜ生まれたのか?それは判然としない。が、それはまだ誕生したばかりの若い銀河のようなもので、そこには、既に光り輝く星もあれば、光は発していないがこれからさらに巨大化しそうな惑星もある。ガスのような状態を長く続けたあとで光り輝く新星になるエネルギーのかたまりもあれば、一度爆発して新たな別の星になるものもある……。

 そのような星々をひとつひとつ丹念に見つめ、詳細に観察し、さらに調査もしてできあがった本書には、まさに、カオス(混沌)からコスモス(宇宙)が形成される過程、ひとつの「若い小宇宙」の形造られる経緯が綿密に絵が出されている。そして読者は、その「若い小宇宙」のなかを遊泳し、驚き、楽しみ、ときには悲しみ、若い小宇宙の−−いや、「若者」という人間の複雑さや単純さ、そして面白さを味わうことになるのだ。

 本書の末尾で松坂は、《でも、まだ勝負は付いていないでしょう》といっている。

《僕も、野球を続けているヤツも野球以外の世界で頑張っているヤツも、これからどんな人生が送れるかが勝負なんですよ。僕はずっとその先頭を走り続けたいし、そのために努力し続ける自分でありたい。人生の勝利者にならなきゃいけないですあらね》

 この500ページ近くにも及ぶ労作を仕上げた著者の矢崎良一氏には、一読者として感謝の言葉を贈るとともに、勝手ながら、この小宇宙を構成する若者たちの《30年先》《50年先》を「人生の勝利者になれましたか?」という質問とともに是非ともレポートしてほしい、といいたい。

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長老の話――堀田善衛・著『めぐりあいし人びと』を読んで

古典の楽しさ

ドリトル先生 不思議な本

京都が消える

嬉しいこと――喜びは常に過去のもの

野村万之丞 ラジカルな伝統継承者(2)

野村万之丞 ラジカルな伝統継承者(1)

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事典・辞典・字典・ジテンする楽しみ(第4回)

事典・辞典・字典・ジテンする楽しみ(第3回)

事典・辞典・字典・ジテンする楽しみ(第2回)

事典・辞典・字典・ジテンする楽しみ(第1回)

先達はあらまほしきか?

旅の衣は篠懸(すずかけ)の

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コースケ(野村万之丞)の遺言

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バック・オーライ

二十五時――わたしの好きな世界文学

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