「ヒトゴロシ・イロイロ」
その言葉を、私は、今は亡き作家の井上ひさしさんから教わった。
「ヒトゴロシ」とは「1564」のこと。「イロイロ」は「1616」で、これはイギリス(イングランド)の生んだ大劇作家ウィリアム・シェイクスピアの生まれた年と死んだ年を表している。
シェイクスピアは、けっして殺人事件(ヒトゴロシ)のドラマばかりを書いたわけではない。
が、『ロミオとジュリエット』や『ハムレット』にしろ、『オセロ』『リア王』『マクベス』にしろ、『ジュリアス・シーザー』や『アントニーとクレオパトラ』にしろ、確かに多くの登場人物が次々と死んでゆくわけで、シェイクスピアは史上最も多くの「ヒトゴロシ」を「イロイロ」やってのけた劇作家と言えそうだ。
その人類史上最高の劇作家とも言われるシェイクスピアの、今年(2016年)は没後400年の記念の年にあたる。
もっとも、それがあまり騒がれないのは、イギリスでは4年前の2012年ロンドン・オリンピックの開会式でシェイクスピアの『テンペスト(あらし)』に基づく開会式が行われたり、文化プログラムとして手話を含む世界37か国語によるシェイクスピア戯曲の連続上演が行われるなど、特に「記念の年」など関係なく、シェイクスピア戯曲は常に上演され、多くの人々に日常的に楽しまれているため、と言えそうだ。
映画も多く、最近ジャスティン・カーゼル監督による『マクベス』のが封切られたが、DVDではいつでもシェイクスピアを楽しむことができ、オーソン・ウェルズ監督・主演の『マクベス』もあれば、鬼才ポランスキー監督の『マクベス』もある。
また黒澤明監督の映画『蜘蛛之巣城』は、舞台をスコットランドから戦国時代の日本に移しただけで、中味はシェイクスピアの『マクベス』そのもの。
最後に何本もの矢に刺されて壮絶な死を遂げる三船敏郎のマクベスも見事だが、夫を殺人に導いて最後は狂気のうちに死ぬマクベス夫人の山田五十鈴や、妖しい予言を告げる魔女役の浪花千栄子など、原作を知らずに見た人は、実在した戦国武将の哀れな実話と見紛うほどのリアリティを感じるに違いない。
黒澤明監督は、『リア王』を翻案した仲代達矢主演の映画『乱』でも、舞台を戦国時代の日本に置き換えて見事にシェイクスピアの創り出した人間模様を描いた。
また、つい最近亡くなった演出家の蜷川幸雄も、台詞や人物設定はシェイクスピアの書いたまま、時代設定(舞台や衣裳)だけを安土桃山時代に移した『NINAGAWAマクベス』で世界的に高い評価を受けた。
映画は他にもフランコ・ゼッフィレッリ監督でエリザベス・テイラーとリチャード・バートンが共演した『じゃじゃ馬ならし』や、15歳のオリヴィア・ハッセーが可憐な少女を美事に演じた『ロミオとジュリエット』。
同じ物語を高層ビルの谷間でアロハ・シャツを着た若者たちが銃撃戦を展開する現代の若者の悲劇に描いたバズ・ラーマン監督レオナルド・ディカプリオ主演の映画もある。
いや、忘れてならないのは、名優ローレンス・オリヴィエ主演の『ハムレット』……などなど。
シェイクスピアとは、400年の時間を越え、空間も超えて洋の東西を問わず、どんな形で何処にでも姿を現す存在なのだ。
彼こそ22世紀にも23世紀にも何度も生まれ変わり、永遠に生き続ける超人(スーパースター)と言えるに違いない。 |