先日、小泉首相に会った。
といっても、偶然、同じオペラを見に行き、東京のNHKホールで「御尊顔」を「拝見」させていただいただけのことである。
小泉首相はオペラが好きで、これまでにも何度か出逢ったことがある。一度、上野文化会館の男性用トイレで隣り合わせに並んだこともあり、かつては一人でひょいと会場に来られていた。
が、首相になられてからはそうもいかないようで、先日は大勢のSPに物々しく警護され、観客の拍手を浴び、2階席最前列から一階席の観客に向かって手を振っていた。
その日の出し物は、アメリカ・ニューヨークのメトロポリタン・オペラの引っ越し公演で、三大テナーの一人であるプラシド・ドミンゴが主演するサン・サーンスの『サムソンとデリラ』だった。
なかなか見事な舞台で、音楽も素晴らしく、小泉首相も大いに満足されたようだ(もちろん小生も満足した)。
が、そのときわたしは、少しばかり首を傾げた。
小泉首相とは何度か会った、と書いたが、それはフィレンツェ歌劇場やミラノ・スカラ座やベルリン・ドイツ・オペラの公演のときばかりだったことを思い出したのだ。
東京には3年前にオペラ専門劇場である新国立劇場がオープンし、日本のオペラ歌手やオーケストラがオペラを繰り返し上演している。が、そこで小泉首相と出逢った記憶はない。
たしかに日本のオペラは歌手の力量もオーケストラの演奏も、レベル的に海外の一流オペラ座に及ばない。が、最近は技量や上演レベルも急激に上昇しているうえ、新国立劇場の建設と運営には多額の税金が投入されている。それはもちろん、日本のオペラ文化、音楽文化、演劇文化の振興と発展のためである。
首相が、その新国立劇場に足を運ばず、海外からの来日公演ばかり見ているというのでは、多額の税金を投入する意味がイマイチ不明確にも思えてくる。
日本のオペラを(レベルが低くて)見たくないなら、見たくなるよう(レベルアップするよう)改善する方法を考えるのが一国の首相の仕事ともいえるだろう。
また、小泉首相は、最近シアトル・マリナーズのイチローの活躍を讃えたとき、「大リーグのほうが(日本野球より)おもしろい」と発言したという。
この発言も、オペラの場合と同じで、一国の総理の発言としては甚だ問題というほかない。
日本のプロ野球(スポーツ)がおもしろくないなら、それを改善させるのは、国(政府)の仕事でもある。国(政府)は、国民に対して質の高い娯楽が存在しうる環境を整え、豊かな文化社会を築く義務がある。
また、スポーツや文化は、IT革命後のブロードバンド(インターネットによる画像大量配信)時代のコンテンツ(中味)としても経済的にも大きな経済的価値を有している。それを踏まえてアメリカ政府は、ハリウッドの映画産業やMLB(大リーグ)、NBA(バスケットボール)、NFL(アメフット)等の海外進出を支援し、アメリカの映画産業やスポーツ産業の発展を国策としている。
実際、アメリカのスポーツ産業は1966年の統計で18兆8千億円に達し、これはアメリカのあらゆる産業のなかで、GDP第十位の規模になっている。
が、日本では、まだ「スポーツ産業」というとらえ方すらされていない。
その一方で、光ファイバーだのADSLだのとIT革命のハードウェアばかり騒ぐのは、これまでのゼネコン重視の公共投資による「箱モノ行政」と何ら変わらないのではないか。
日本の首相が、メトロポリタン・オペラとアメリカ大リーグが好き(それにハリウッド映画もお好きのようだ)というのは、どうやら単なる個人的趣味として看過できない問題といえそうである。
小泉首相には、それが日本の文化と経済にとってきわめて重要な問題であることに気づいてほしいものだ。
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