コラム「ノンジャンル編」
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掲載日2012-11-14

この原稿は、某編集プロダクションの依頼を受け、いろんな執筆者が執筆し、某出版社から発売されたNHK大河ドラマに関するオムニバス本に書いたものです。私自身、オモシロイいい本のなかに、一人の筆者として加えていただき、喜んでいたのですが、この本がある事情により、発売早々に絶版になってしまいました。たいへん残念ですので、小生の原稿だけでも、ここに“蔵出し”します。御一読ください。

大河ドラマは世に連れ、家族は大河ドラマに連れ……

 私は、自分のことを、間違いなく「日本で最初のテレビっ子」だと自覚している。

 1952(昭和27)年。生まれたところは京都祇園町の小さな電器屋。世の中のほとんどの人が街頭テレビに映し出された力道山のプロレスや、長嶋茂雄のホームランに興奮していた頃から、我が家にはテレビがあった。

 もちろん白黒。角が丸い14インチのブラウン管。とはいえそれは、忙しく仕事に励む両親に放っておかれた餓鬼にとっては、飽きの来ない宝の箱だった。

 そのテレビでプロレスや野球の他、アメリカ製の漫画やドラマを見続けた餓鬼が、連続大型時代劇と出逢ったのは、もちろん第一回の『花の生涯』(確か、まだ「大河ドラマ」という名称は存在しなかったと記憶している)。

 主役が親父の大好きな歌舞伎役者の尾上松緑だったこともあり、当時小学5年生となっていた餓鬼は、日曜の夜は必ず親父の晩酌の横で、松緑の井伊直弼に付き合わされた。

 その中味は雪の中の暗殺シーン(桜田門外の変)に興奮したことくらいしか記憶に残ってない。いや、それだけではない。そのころ、平凡社の国民百科事典とともに、親父が買い揃え始めた河出書房の日本文学全集のなかに、舟橋聖一『花の生涯』が含まれていて、この「本」があの「テレビ」になったのかと思うと、子供心に何か不思議な気持ちになり、わけもわからず「凄い!」と叫びたくなったことも憶えている。

 しかし翌年の『赤穂浪士』には、あらゆる意味で興奮させられ、今もいろんなシーンをはっきりと憶えている。

「おのおのがた……」と少し掠れ気味の声で話した長谷川一夫の大石内蔵助は、「声帯模写」をする芸人が、テレビの演芸寄席番組で、何度も繰り返し演じて見せた。滝沢修は吉良上野介を見事に憎々しげに演じた。

 それに宇野重吉の蜘蛛の陣十郎と、その陣十郎に「堀田さん……」と江戸の町角で呼びかけられる林与一の堀田隼人。その二人の粋でニヒルなカッコ良さは、今も忘れられない。

 さらに芦田伸介の小林兵七や内藤武敏の清水一角は、子供心にも、「敵方」となった男も美しいことを感じさせてくれた。

 そのドラマでの年末の討ち入りは、東京オリンピックと並ぶその年の二大事件となった(他にシンザン初の三冠馬という事件もありました)。小林平七と清水一角が斬られ、吉良上野介が死んだ夜、小学6年の餓鬼は、力道山とルー・テーズの一戦を見た夜と同じように興奮して眠れなかったことを憶えている。

 さらに次の年の大河ドラマ(この3作目から、そう呼ばれたような記憶があるのですが……)『太閤記』は、中学1年になった少年を大興奮させてくれた。

 まず最初に新幹線ひかり号の疾走するシーンが映し出され、大阪城の鬼瓦のアップがドッカーンと目に飛び込み、(現在の知識で表現するなら『スターウォーズ』のテーマを作曲したジョン・ウィリアムスが作ったような)音楽がジャジャーンと流れるという、そのオープニングだけで興奮させられた。

 いま思えば、そのシーンは、『幕末太陽伝』の冒頭に、品川駅の電車を走らせた川島雄三監督のアイデアのパクリだったようにも思えますが……それはさておき、主役の秀吉役の緒方拳が、当時としてはまったく無名。

 同じく信長役の高橋幸治も、まったく知られてない役者だったが、ドラマが始まった直後に私の親父が、「信長は早死にするからええけど、歳とった秀吉は、役者が変わるのやろ」と言ったのを、いまも憶えている。

 ところがその1年が経つと、緒方拳が年老いた秀吉も見事に演じきり、「さすが新国劇の役者は、よう鍛えられてる」と、親父はつくづく感心し、私は、緒方拳の大ファンとなり、翌年の尾上菊之助(現在の菊五郎)主演の大河ドラマ『源義経』も、緒方拳演じる弁慶に注目し、最後の最後にカアーッと両目を見開いたまま何本もの矢を受けて死んだ「弁慶の立ち往生」に感激したのだった。

 しかし――
 私の「大河ドラマ体験」は、そこでパタリと幕を閉じることになる。

 ここまでの原稿は何の資料も見ずに書くことができた。が、『花の生涯』『赤穂浪士』『太閤記』『源義経』と続いた大河ドラマの次が何だったか……ということすら思い出せない。いや、そもそも知らないし、興味もない。

 それでも必死に考えて『三姉妹』だったか……と思って資料を見れば記憶に違いはなく、その後の『竜馬がゆく』『天と地と』『樅の木は残った』……くらいまでは、そうだったなぁ……とタイトルだけは記憶に残っているが、中味はまったく見なくなった。

 明治百年を記念して取りあげられた幕末から明治にかけての『三姉妹』の物語が、それまでの大河ドラマとは趣向が異なり女性が主人公となったことで、中学3年になった餓鬼は興味を削がれたのか、あるいは運動部系のクラブ活動(バドミントン部)が多忙になり、京都府大会で優勝し、さらに高校生になってインターハイを目指し、大学受験も近づき……で、大河ドラマどころではなくなったためか、いつしか小生にとっての大河ドラマは、餓鬼の頃の楽しかった体験へと追いやられていった。

 しかし、いま振り返ってみても、わずか4年間の体験だったとはいえ、それは、心の襞の最も柔らかかった時期の貴重な体験として、深く心に染み込んでいる。

 親父が大好きな歌舞伎役者の尾上松緑は、『花の生涯』とともに小生にとって最高の役者として心に深く刻まれ、その後、『勧進帳』の弁慶や『菅原伝授手習鑑』の松王丸、『熊谷陣屋』の熊谷直実だけでなく、日下武史や玉三郎や木の実ナナと共演したシェークスピアの『オセロー』にも足を運び、日本の伝統芸能の力強さ、奥行きの深さを教えてもらった。

 また、『赤穂浪士』で名演技を見せた滝沢修や宇野重吉は、京都で公演のあるときは我が電器屋の得意先でもあり、近くにあった『多助』という名の割烹料理店に立ち寄ることが多かった(『多助』は現在はなくなったが、日本で初の鉄板焼きを始めた店として、池波正太郎の本にも紹介されている)。

 彼らは、当時「新劇」と呼ばれた「左翼演劇グループ」の一つである「劇団民芸」に所属する役者だったことにも留意しておいていいだろう。わたしは高校時代に、滝沢修がレーニンを演じ、ソビエト社会主義革命の成功を讃える芝居を見た(余談だが、滝沢修は、鬘をかぶることなく、レーニンにソックリだった・笑)。

 が、そのような演劇人がNHK大河ドラマの主役級の登場人物に登用されたのは、彼らに俳優としての実力があったことや、社会主義シンパの左翼がごく身近な存在だったことも事実だが、映画界の松竹、大映、東映、日活、東宝、新東宝が「五社(六社)協定」を結んでいたからでもあった。

 その協定を結び、所属俳優の相互の引き抜きの防止やテレビ出演の拒否などを申し合わせていたため、テレビが人気映画俳優(たとえば三船敏郎、田宮二郎、石原裕次郎、さらに山田五十鈴、山本富士子など)を使いにくかったから、ともいわれている。

 そんな映画界の偏狭な姿勢が、緒方拳の大河ドラマ・デビューにもつながったのかもしれない。が、28歳で演じた『太閤記』の秀吉と、翌年の『源義経』での弁慶の成功に続き、その後の緒方拳は映画俳優として、『復讐するは我にあり』『ええじゃないか』『楢山節考』『火宅の人』『女衒』『社葬』『大誘拐』『おろしあ国酔夢譚』そして『長い散歩』『武士の一分』などなど、素晴らしい演技でわれわれ観客を魅了し続けてくれたのは、皮肉な結果というほかない。

『太閤記』の大胆な演出は、30歳を過ぎた頃になってから、最高のTVドキュメンタリー監督である吉田直哉の演出であると知り、最近NHKで放送された彼の日本のヤクザの賭博事情を取材したドキュメンタリーを見直し、その素晴らしい才能に改めて感服した。

 なにしろ、テレビ・ドラマで使用する「偽札」を本物のヤクザに渡して、斬った貼ったの賭場を再現してもらって「ドキュメンタリー」を収録したのだから、最近のTVディレクターとは、肝の据わり方が違う!(本物のヤクザたちに「ヤラセ」をさせたのだから!)。

 そんなふうに、わたしにとっての「大河ドラマとの4年間」は、かなり充実した経験として記憶に深く刻まれている。

 その4年間のあとは、ほとんど大河ドラマを見なくなったのだが、唯一1年間を通して見て楽しんだのが、1996(平成8)年の『秀吉』だった。

 それは、私の大好きな役者である竹中直人の演技を、過去の緒方拳と較べてみたいと思ったからであり、また時代考証や劇中の舞踊や謡曲の指導を、友人である狂言師の(いまは残念ながら故人となってしまった)野村万乃丞が担当したからでもあった(その戦国時代ふうでもあり、モダンでもある踊りや歌は本当に見事だった)。

 が、それ以上に、当時15歳の我が娘が竹中直人の大ファンで、突然熱心に毎週日曜の夜、テレビの前に座るようになったからでもあった。

 時折、テレビ画面を食い入るように見つめる娘の横顔を見ながら、自分が過去に井伊直弼や大石内蔵助や吉良上野介、秀吉や信長、義経や弁慶を見つめたときもこうだったか……と思うのは、じつに楽しい一時でもあった。なるほど、ひょっとして、これが「大河ドラマ」の最も楽しい楽しみ方といえるかもしれない。

「歌は世に連れ、世は歌に連れ」という言葉があるが、大河ドラマは世に連れ、家族は大河ドラマに連れ……といえるのかもしれない。

 そもそも、テレビというメディアが、そういう世間(社会)と家庭をつなぐ存在であり、「大河ドラマ」のように長く続くシリーズは、テレビの特徴を具現するものといえるのだろう……というのが、「日本で初のテレビっ子」を自認する小生の結論である。

 娘は、その後、大河ドラマをまったく見てないが、自分の子供が成長したときに、また見るのだろうか……?

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