《賢者は歴史に学び、愚者は経験に学ぶ》という言葉がある。 ならば日本のプロ野球界は、「愚者」だらけ、というのが評者の実感である。
今から半世紀近く前、雑誌記者としてプロ野球の取材に飛び込んだとき、野球は草野球程度、高校大学での野球部経験もなかった私は、「経験のないヤツは相手にせん」という言葉を何度浴びせられたことか。
それでもしつこくキャンプや試合に足を運ぶうち、近鉄監督だった西本幸雄氏や巨人の牧野茂ヘッドコーチのように、丁寧に取材に応じてくれる野球人や、何人かの選手たちと出逢えた。
そんな「経験」があるだけに、本書の連載が『週刊文春』で始まったときから興味深く読み始めた。
「経験論」で凝り固まった日本のプロ球界に、「サラリーマン」という「野球の素人」が、どのように入り込んだのか? そこに興味が惹かれた。
著者は野球ファンなら誰もが御存知の元巨人のGM(ゼネラル・マネージャー=球団代表)。選手育成の斬新なチーム作りでユニフォーム組の守旧派の「経験論」と対立。ワンマンオーナー渡邉恒雄氏に解任された人物である。
その人物が、GM時代に同じセ・リーグで出逢った広島カープの鈴木清明常務と阪神タイガースの野崎勝義社長の、二人の「サラリーマン」の獅子奮迅の活動を、愛情に満ちた温かい眼差しで描いたのが本書である。
鈴木は東洋工業に入社して間もなく、後にオーナーになる松田元と経理部で一緒に仕事をした縁で球団に呼ばれ、まったく異質の仕事を始める。
球場の観客の入り具合に一喜一憂。売店で売る竹輪(ちくわ)の購入数の決定に苦慮する日々に始まり、若手選手の米国への野球留学では運転手兼食事の世話、ドミニカでカープの野球アカデミーを始める際には、現地で練習球場や合宿所建設の現場監督まで務めた。
一方の野崎は、阪神電鉄の旅行部長からタイガースへ出向。失言暴言を繰り返す名物人物の久万俊二郎オーナーと何度も衝突。口うるさい守旧派圧力集団とし
て有名な阪神のOB連中や、彼らに守られたスカウト陣コーチ陣ともぶつかりながら、星野監督の招聘やFAでの金本選手の獲得に成功する。
MLBで活用されてる選手評価システムBOS(ベースボール・オペレーション・システム)の日本で最初の導入は守旧派連中の妨害で実現しなかったが、巨人の渡邉オーナーが企てた1リーグ制への移行には、カープの鈴木常務らと足並みを揃え、多くのプロ野球ファンが希望する2リーグ制維持を成功させた。
03年阪神は18年ぶりに優勝。広島も16年に25年ぶりの優勝。それが偶然の結果でないことは本書を読めば明白だが、それを認めない「経験者」たちは、どのような世界にも存在するにちがいない。
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