小説、エッセー、評論・・・といったジャンルを問わず、おもしろい本を読んだあとの気分は、つぎの三つのどれかに集約できるように思う。
- 脳細胞がぐじゃぐじゃになる。
- 脳細胞の配列ががらりと組み替わる。
- 脳細胞が心地よい刺激を受けて落ち着く。
最近わたしが読んだ本でいえば、(1)は村上龍の『エクスタシー』、(2)は吉永良正の『ゲーデル・不完全性定理』、(3)は堀田善衛の『めぐりあいし人々』だった。が、半年くらい前までさかのぼるなら、(2)の快著として本書『世界史の誕生』をあげないわけにはゆかない。
「世界史」は「中央アジアに住む遊牧民たちによってつくりあげられた」というだけでも仰天ものの指摘だが、それによって、これまで「西洋史」と「東洋史」に分断されていた「世界史」が一気に統合されるという解説は、見事なマジックを見るほどの鮮やかさである。
しかも現在の中国、インド、旧ソ連邦、西南アジア、東欧、EC諸国(註・現在のEU諸国)など、ユーロ・アジア(ユーラシア)大陸にまたがる諸国が、すべてチンギス・ハンのつくりあげたモンゴル帝国を継承した国々である、という結論にいたって、学校の“歴史教育”で空白にされていた遊牧民たちの住む地域が、じつは真に重要な地域であったと心の底から納得することができるのである。「西洋史」のゲルマン民族大移動の根本的なきっかけをつくったのも、「東洋史」にかすめるように登場して中国から「北狄西戎(ほくてきせいじゅう)」と侮蔑され(じつは恐れられ)た地域とそこに暮らした住民について、わたしたちは知らなさすぎたのである。
さらにこの新しい歴史観では、資本主義対社会主義、民主主義対全体主義といった対立が、「本質的ではない」と退けられ、「本当の対立は、歴史のある文明と歴史のない文明の対立」であり、「現代の世界の対立の構図は、歴史で武装した日本と西ヨーロッパに対して、歴史のないアメリカ合衆国が強大な軍事力で対抗している」といった、目からウロコの落ちる指摘が続出する。
本書は、世界が「新秩序」を求める時代に暮らす現代人にとって、脳細胞組み替えの快感が伴う必読書といえよう。 |