9月14日、読売ジャイアンツを4対3で破った阪神タイガースが、18年ぶりに「アレ」を手にした。
もちろん「アレ」とは「リーグ優勝」のこと。岡田監督がオリックス・バファローズの監督をしていた2010年、交流戦で優勝目前になったといき、「優勝」という言葉を使っては選手が優勝を意識して硬くなるからと、「アレ」という言葉を使ったのが最初だという。
そして今シーズン開始前にも、「アレ」を目標に掲げたのだが、英語で「A.R.E.」と表現し、「AIM(狙え!)RESPECT(敬意)EMPOWER(力を注入)」の三つの言葉の略として、今シーズンのタイガースの「正式スローガン」にしてしまった
マァ、いかにも関西ヨシモト的お笑いのコジツケと言ってしまえばソレマデで、どーでもイイことなのだが、この優勝は、昔からのタイガース・ファンにはイマイチ喜べないところがあるのではないだろうか?
何を隠そう関西(京都)出身の小生も、かつては普通のタイガース・ファンで、1964年東京オリンピックの年の、五輪騒動で誰からも注目されないリーグ優勝以来、延々と毎年負け続け、20年経ったときには、阪神タイガースとはこんな阿呆なチームやったのと、ただただ呆れ返り、優勝せずに万年2位で終わったほうが選手の年俸も上げずに済む、と球団も考えているという噂に、妙に「納得」したものだった。
そんななか、優勝から見放されて21年目となった1985年、阪神電鉄梅田駅の地下入り口にはファンの手による「檄文」が墨痕鮮やかに張り出された。こんな阿呆なチームを応援するのはやめろ! 甲子園に行くな!
その「檄文」を読んでタイガース・ファンが「大笑い」したのも束の間、甲子園での巨人戦で、バース、掛布、岡田のバックスクリーン3連発が飛び出し、それをきっかけに猛虎打線が大爆発! 「勝ったァ! 勝ったァ! また勝ったァ! よーわい巨人にまた勝ったァ!」とタイガース・ファンは連日の大合唱。当時「浪人中」だった長嶋茂雄氏も「タイガース・フィーバーで日本列島が揺れている」と表現するほどの大騒ぎとなった。
何しろシーズン開幕前は、あらゆる野球評論家がBクラスの予想。それが防御率4・16(リーグ4位)の弱体投手陣を、チーム打率2割8分5厘219本塁打(いずれも1位)の爆発的猛打で破壊する勝ち方で勝ち進み、日本シリーズで巨人の管理野球の進化形である広岡西武ライオンズまで一蹴した爆発力は、高度経済成長が完全に幕を閉じ、オイルショック後の未来が描けない時代に、幕末の「ええじゃないか騒動」にも似たような乱痴気騒ぎまでも巻き起こしたのだった。
この騒ぎのなかで売り出されたタイガース・グッズの新商品は約500種にも及び、自動車、自転車、テレビ、電話機、カメラ、電卓、ギター、シンセサイザーからインスタントラーメン、醤油、焼き肉のたれ、ウィスキー、ビール、ジュース、それに虎模様の女性用下着まで、あらゆる「タイガース賞品」が飛ぶように売れ、タイガースの優勝による消費者の追加支出が約4百億円で、京阪神地区の経済成長率を0・1%引き上げた(住友信託銀行調査部)とまで言われた。
その後タイガースは03年(星野監督)、05年(岡田監督)と2度の優勝を果たしたものの「85年のタイガース・フィーバー」ほどの社会的騒動までは至らなかった。
それは何故か? それは日本シリーズに負けたからというような問題ではない。今年のタイガースの優勝もそうだが、それらは、「ただ勝っただけ」の騒ぎに過ぎないのだ。
今年、85年のタイガースの優勝と同じように、道頓堀川に飛び込む連中が現れたところで、それも、03年、05年の飛び込みと同様、「ただ飛び込んだだけ」に過ぎない。そこには、何か世の中に不満が……とか、世の中を変えなければ……という「意志」が感じられないのだ。
85年のタイガース・フィーバーには、「アレ」ではなく「ソレ」が感じられた。
V9巨人(1965〜73年)の時代が終わり、広島カープ、阪急ブレーブス(現オリックス)、ヤクルト・スワローズ、そして西武ライオンズなどが優勝するなか、焦った読売ジャイアンツが「江川事件」を起こし、当時アマ球界ナンバーワン投手の法政大学江川卓投手を、自分たちの創ったルールを自分で破る(抜け穴を見付ける)暴挙に出てまでして獲得。「強い巨人」であり続けようとした。そんなジャイアンツの醜態を笑い飛ばしたのがタイガース・フィーバーだったと言える。
また85年には、日本のサッカーがワールドカップ初出場に最も近づき、韓国相手に国立競技場を満員にした年でもあった。日本代表は韓国に敗れ、W杯初出場はできなかったが、その8年後にはJリーグが誕生し、今や日本のサッカーは野球以上に競技人口を増やし、広い裾野で豊かなサッカー文化を育み、構築するに至っている。
それに対して日本の野球は、Jリーグ誕生のときには長嶋監督の巨人復帰と、メイク・ドラマ(95〜96年)やメイク・ミラクル(99年)やメイク・レジェンド(08年)といった話題作りで対抗した。
が、今春のWBCでの日本の優勝と同じで、勝てば大騒ぎになるが、勝たなければ騒がれず、勝っても勝ったこと以上の社会的インパクトは存在せず、それが未来(の日本の野球文化)につながるものとも言えないのは、非常に悲しいことと言うほかない。
いま日本の野球は、優秀な選手はアメリカ大リーグに「進み」、日本の野球の発展とはどんなものか? まったく誰も示してくれないし、誰にもわからない。
Uー18世界大会で初優勝してもマスメディアからほとんど無視され、慶応高校の甲子園優勝が大騒ぎされる矛盾だらけの日本野球のなかで、投手の完全試合よりもチームの勝利を優先させた阪神タイガースの「ただの強いチームの優勝」を素直には喜べないというのが「古いたガースファン」の嘆きである。
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