コラム「ノンジャンル編」
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掲載日2016-10-12
この原稿は、日本経済新聞7月31日付書評欄の短期5回連載「半歩遅れの読書術」の第5回(最終回)に書いたものです。リオデジャネイロの開幕直前ということで、当初のネライ通り、オリンピックでマトメてみました。最近の日本政府や2020年の組織委員会(の森喜朗会長)は、五輪の場に「安倍マリオ」を登場させたり、国のメダル獲得目標を掲げるなど、まるでどこかの独裁国家のように、五輪の政治利用攻勢を強めてますが、忘れてならないのは、オリンピックが平和運動として始まった(古代五輪も停戦協定だった)ということである……ということを強調しつつ“蔵出し”します。

半歩遅れの読書術第5回/五輪とは何か 文明化を表象する平和運動

 市川崑が駒沢競技場で映画『東京オリンピック』の撮影中、綺麗な和服姿で大きな日の丸と五輪の印刷された入場券を握り締めたお婆さんたちが約10人、歩み寄って来て、こう言った。

「すいません。お尋ねしますがオリンピックは何処でやっているのでしょうか?」

 日本中がオリンピックで大騒ぎ。そこでお婆さんたちも(おそらく切符をもらって)訪れてみたが、そこでは男達がボールを蹴っているだけ。そこで「オリンピックは何処で……?」との疑問が口を突いて出た。

 その瞬間、市川は「オリンピックとは何か?」と、改めて考え始めたという。

「ギリシア人には、オリンピックが必要であったのだ。でなければ、ああも長い歳月にわたってギリシア人には珍しい律儀さでつづいたはずがない。(略)オリンピックとは闘いばかりしていた古代のギリシア人から生まれた、人間性に深く基づいた「知恵」であった」(塩野七生『ギリシア人の物語T 民主政のはじまり』新潮社)。

 戦争ばかりしている事情は、近代でも現代でも同じ。普仏戦争に敗れてフランス国内に報復の声が高まったとき、イギリス留学でスポーツの素晴らしさを理解していた教育者のクーベルタン男爵は、祖国に新しい力をもたらすには「スポーツを採用すべき」と考えた(カール・ディーム『ピエール・ド・クーベルタン/オリンピックの回想』ベースボール・マガジン社・大島鎌吉・訳)。

 つまりオリンピックとは基本的に平和運動なのだ。そしてスポーツとは、歴史学者ノルベルト・エリアスによれば、「非暴力の競争」であり、「歴史に生じてきた非暴力化(文明化)の傾向を直接、身体で表象する実践の形式」というわけなのだった(多木浩二『スポーツを考える』ちくま新書)。

 暴力(闘い=戦争)ではなく、選挙や話し合い(議会)による民主主義社会が誕生すると、様々な暴力行為も非暴力化(ゲーム化)され、スポーツが生まれる。古代ギリシアと近代イギリスでスポーツが生まれ、明治の日本に柔術から柔道が生まれた理由もそこにある。

 その「非暴力の祭典」がオリンピックであり、オリンピックとは「平和と民主主義の祭典」と言えるのだ。

「国境を超え、人種の違いや宗教の違いを超え……、もしも世界平和というものが存在するなら、それはこのような光景のことを言うのではないでしょうか……」

 ……という閉会式でのアナウンサーの絶叫で幕を閉じた1964年東京オリンピックの映画の最後を、市川はこう結んだ。

「この創られた平和を夢で終わらせていゝのであろうか」

 同じとき作家の菊村到はこう書いた。
「オリンピックは、やってよかったようだ。富士山に登るのと同じで、一度はやってみるべきだ。ただし二度やるのはバカだ」(『東京オリンピック 文学者の見た世紀の祭典』講談社文芸文庫)。

 リオ五輪は、はたして平和と民主主義の祭典となるのか?
 そして4年後2度目の東京は…?

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虚実の皮膜――『イッセー尾形の都市カタログPART2』イッセー尾形/森田祐三・共著 早川書房・刊

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野村万之丞 ラジカルな伝統継承者(2)

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