コラム「ノンジャンル編」
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掲載日2006-01-23

この原稿は、株式会社ヤナセのPR誌『Yanase Life Plaisir』(2005年9〜10月号)に寄稿したものです。ちょっとだけ手直しして“蔵出し”します。

京都人の溜息

 「御出身は?」と訊かれて「京都の祇園町です」と答えると、必ず相手が「いいところですね」と相好を崩す。が、ここからが大変で、何しろ私は京都のことをまるで知らない。
 金閣寺と竜安寺には10年くらい前にテレビの仕事で初めて足を運んだが、銀閣寺にも三千院にも寂光院にも、まだ行ったことがない。桂離宮も修学院離宮も知らない。

 清水寺や御所や三十三間堂には、幼稚園や小学校のときに遠足や写生会で行った憶えはあるが、行ったということしか記憶にない。
 知っているといえるのは、子供のころ毎日のように草野球に興じた建仁寺と、毎年初詣に行った八坂神社と、女房の実家の近くで結婚式を挙げた上賀茂神社と、墓のある六道珍皇寺くらいなものだ。

 最近あまりの無知を恥じて、所用のついでに東福寺と高台寺に足を運んだ。が、なるほど京都の寺は見事なものだと、いまごろになって気づいた(それと、この原稿を書いた直後に銀閣寺へ足を運びました。何の自慢にもなりませんが・笑)。

 京都生まれといってもその程度だから、観光で京都を訪れた人のほうが、よほど多くの知識を持っている。だから「XX寺は秋がいいですね」「どのお寺が好きですか?」などと話しかけられても答えようがない。

 もっと困るのは料亭や食べ物屋の話題で、どこそこの豆腐や漬け物が美味しいといわれても、豆腐屋も漬物屋も子供のころから食べている近所の店(「近喜」さんと「村上重」さん)しか知らない。どこそこの京料理は・・・といわれても、祇園界隈の店は父親の顔見知りや姉の同級生が多く、昔話を持ち出されるかと思うと足を向けにくく、かといって他の店にも行きにくく、しかもほとんどが「一見さんお断り」なので、残念ながら紹介もしにくい。

 おまけに京都の出身だという自覚だけはあるものだから、京都を案内した雑誌の類を手にとろうとは思わず、つまるところ京都のことはまったく無知なままでいる。
 とはいえ、そんな私にも、京都で自慢できることが二つだけある。

 一つは、鴨川の河原を何度も歩いたことである。女房の実家のある上賀茂の御園橋から我が家のあった祇園に近い四条大橋まで約4キロ、1時間。高校時代や浪人時代には、数え切れないほどよく歩いた。
 春の桜、夏の青葉、秋の紅葉、冬の雪景色。四季折々に姿を変える土手の並木や北山東山の山脈を見ながら歩くと、京都の空気が身体にしみこんでくるような気がした。こういう時間の使い方は、観光客には絶対に不可能なはずだ。

 もう一つの自慢は、大学入学をきっかけに京都を離れたことである。
 イギリスに「ロンドンを知るには田舎へ行け(ロンドンを離れろ)You must go into the country to hear news at London」という諺があるが、たしかに京都を離れて、京都のことがよくわかった。
 京都に暮らす人々は、堅実で着実で、精神的にも物質的にも豊かでのんびりしているということも、いかに「いけず」(面従腹背の意地悪)かということも、京都を離れてみて初めてよくわかった。

 もっとも、それらは「京都の話題」ともいえず、出身地の話題を誰かから振られると、「東京での暮らしが長いよってに京都のことは何も知らんのですわ。みなさんのほうが、よっぽどよう知ってはりますのんとちゃいまっか」と答えることにしている。
 が、そんな言葉を思わず口にするたびに、自分がいかに「いけずな京都人」であるか、ということを、溜息混じりに自覚するのである。

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