わたしが中学生になったころのことだったと記憶している。父が、平凡社の国民百科事典と、河出書房の日本文学全集を買いそろえた。それらは、高校へ進学したばかりの姉の部屋の本棚に並べられた。
わたしは、はじめて家にそろえられた豪華な本に珍しさを感じ、そのうち、それらの本をひそかに姉の本棚からとりだし、ひとりでながめることに快楽を感じるようになった。
国民百科事典には、「ストリップショー」「性交」「性器」「生殖」・・・といった項目の解説が写真や図版とともにならんでいた。だから、いつまでながめていても飽きることがなかった。やがて、日本文学全集のほうにも胸のどきどきするものがあることを発見した。
<妻ハ盛ンニ「木村サン木村サン」ト呼ビ続ケタ。エクスタシーニ入ル直前ニ於イテ一層ソノ声ガ・・・>などと、カタカナばかりがならんだ奇妙な活字を必死になってなぞると、血温が上昇した。
ところが、ある日、いつものようにその本を姉の部屋の本棚からとりだそうして驚いた。箱はあるのに中味がない。姉が読んでいるのかとも思ったがそうでもないらしく、ひと月たってもふた月たってもカタカナの本は行方不明のままだった。
そして半年くらいたったある日、なにげなく電器屋の店先の本棚からラジオ修理マニュアルを引っ張り出してみたところが、その背後に隠されるようにしてその本が置かれているのを発見した。
そのとき、わたしは、思わず笑った。そうか、親父も谷崎を知ってるんか・・・。そう思うと、なんだか、うれしくなった。節くれ立った大きな手をいつも真っ黒にして電気工事に励んでいる親父に、いつもとはまた違う種類の尊敬の念が湧いてくるのを感じた。
わたしが、いまも谷崎潤一郎を何度も読み直しているのは、もちろん、そのすばらしい文章に感銘を受けているからでもあるが、中学生のときのそんな体験に根ざしているようにも思えるのである。
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さて、ここでクイズです(笑)。文中にある「カタカナの本」とは、谷崎潤一郎の何という作品でしょう? 我が塾に入ってスポーツライターをめざそうとしている人は、これくらいのクイズには簡単に答えてください。わからない人は、トップページにある写真をながめてください。 |