約40年前、スポーツライターとして仕事を始めたときから、ベースボール・マガジン社と、その系列会社の恒文社は、少々不思議な出版社だと思い続けていた。
野球、相撲、プロレス、ボクシング、サッカー、陸上競技、テニス等々、各種スポーツ専門誌を出版するだけでなく、ロバート・クリーマー『ベーブ・ルースの生涯』という見事な長編スポーツ・ノンフィクションを、まだ『ナンバー』の創刊される5年前に出版したり、アンジェイ・ヴォール『近代スポーツの社会史
ブルジョア・スポーツの社会的・歴史的基礎』など、東欧社会主義のスポーツ観に基づくスポーツ論の書籍を刊行するなど、単なるスポーツ出版社という範疇に収まらない「学術的」な色彩が感じられた。
その理由が、本書を読んで納得できた。
ベースボール・マガジン社を創立した池田恒雄が戦時中『野球界』という雑誌の編集に携わり、「敵性スポーツ」として様々な弾圧に遭遇。
戦後になって『ベースボール・マガジン』を創刊すると、野球を通じてアメリカンデモクラシーを代弁する雑誌として、精神医の内村祐之、仏文学者の辰野隆、英米文学者の中野好夫などの東大教授といった学者を次々と執筆者に起用。
大学とは異質な《「読むスポーツ」としての教養主義》を推進した。
自分は《ただの野球屋の親父じゃない》と語っていた池田が押し進めた新しい世界――《読書だけを行う「ガリ勉」ではなく》《スポーツにのみ没入する「体育会系」でもない》「スポーツ教養主義」の展開だった。
が、スポーツ以外の出版物として『朝日ジャーナル』を意識した『潮流ジャーナル』、『平凡パンチ』と競う『F6セブン』、さらに《出版界の空白を埋める》ため、社会主義東側諸国の出版物に手を出した結果、会社は破綻。
改めてスポーツに専念した出版社として再出発し、今日に至ってる。
本書は大戦前後の日本のスポーツ出版事情を明解に描いた歴史書としても興味深いうえ、さらに池田恒雄という異能の人物伝としても、大いに楽しめる一冊である。 |