イチローが日米通算4257安打を記録。ピート・ローズのメジャー通算安打記録を上回った。
私はイチローのアメリカでの活躍を聞くたびに、ロナルド・キーン『日本文学の歴史』(全18巻、中央公論社)を思い出す。
もともとアメリカ野球は、野手の間を抜く狙い打ちのヒット(プレイスメント・ヒット)こそ最高の技術で、野手が手を伸ばしても捕れないようなホームランを打つのは「卑怯」とされていた。
が、1920年頃ベーブ・ルースが出現して以来、ファンは大空に舞い上がる豪快な打球に大喜び。メジャーリーグはホームラン全盛時代、パワー・ベースボールの時代に突入した。
そこにイチローが現れ、84年ぶりにジョージ・シスラーの歴代シーズン最多安打記録(257安打)を更新するなど、アメリカ人に古いベースボールの伝統的魅力を思い出させたのだった。
私が22年前(94年)にキーン氏の大部を読んだときのショックも似たようなものだった。
まず、この文学史が古事記から説き起こされていることに驚いた。それは文学書ではなく歴史書ではないか。万葉・源氏・枕草子・徒然草などは古文であり、近松・芭蕉なども日本文学と呼ぶにはどこか違和感があった。
が、アメリカ出身の日本文学者は古事記以来の日本文学史を語り、漱石、鴎外、谷崎、三島、小林秀雄までを一気に駆け抜けた。そして日本文学の素晴らしさ、面白さ、愉しさ、奥深さ……を教えてくれたのだった。
「日本の国文学者は日本の聴衆に『源氏物語』(略)の良さを説得する必要はないだろうが、私は白紙状態の聴衆を前にして最も基本的事実から――日本文学の素晴らしい伝統――から始めなければならなかった」と著者は書く。
しかい、現代の日本人の聴衆にとっても、白紙状態からの解説のほうが、よほど有り難いはずだ。
この著作のおかげで、現在刊行中の『池澤夏樹=個人編集 日本文学全集全30巻』が『古事記』(池澤夏樹・訳)に始まり『口訳万葉集』(折口信夫)『更級日記』(江国香織・訳)『好色一代男』(島田雅彦・訳)などから、大江健三郎、中上健次までを網羅していることを知っても、私は驚かなかった。
それどころか、以前は古典に分類されていた作品が、現代作家の現代語訳で読めるので大喜び。
なかでも町田康・訳『宇治拾遺物語』にはゲラゲラ大笑い。『こぶとり爺さん』『舌切り雀』『わらしべ長者』などの物語を含む鎌倉時代の説話文学に、町田は次のような現代語訳を施したのだ。
「マジで夢? そう思ったお爺さんは右の頬に手を当てた。(略)拭い去ったようにツルツルであった」
「それは前世からキャリーオーバーした宿業で……」
会話では、「全然駄目じゃん」「見てらんない」「小便臭いなぁ」「馬鹿じゃん」「やばいやばい。マジやばい」「マジマジマジ」などと、現代若者言葉を連射。
呵々大笑するうちに原文を読んでみたくなったのは訳者の仕掛けにハマッタ?
いや、これはイチローのランニング・ホーマーを見たときの爽快感と同じですね。
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