自分が美食家であるとは思わない。が、健啖家であるとは思う。
フランスでのサッカーW杯と三大テナーの取材の合間にパリの友人宅を訪れたら、大歓迎してくれて大皿に山盛りの牡蠣を出してくれた。それを「旨い旨い」といいながら平らげたので、夏牡蠣をこんなに食べて平気な日本人は初めて見た、と奇妙な称賛を浴びた。
親から授かったそんな胃袋と舌を駆使して、これまでいろんなものを食べまくった。
ブエノスアイレスのサッカー場横のレストランで食べた牛の丸焼き、高度三千メートルのボリビアで食べたリャマ肉のスープ、大リーグの取材のときにニューヨークで食べたライオンやワニのステーキ、マカオ・グランプリの折に食べたカエルや鳩、プロ野球のキャンプ取材や講演で何度も訪れた沖縄で食べたハブの肉や山羊のXX(想像におまかせします)・・・。
若い頃は、美味より珍味に手が伸びた。が、さすがに不惑を超えるあたりからは、そういう冒険よりも滋味を求めるようになった。
オペラの取材で訪れたサンクト・ペテルブルクで食べたキャビア、パリの友人宅で夏牡蠣以上に舌鼓を打ったフォアグラ・・・となると、やはり一度は本物のトリュフを食べたくなる。が、先に書いたとおり私は美食家ではないので、わざわざ求めようとは思わない。おまけに国内外を問わず、仕事ぬきの旅行というものをしたことがない(新婚旅行の沖縄もボクシングの取材が主だった)。そこで、いつかどこかでチャンスがあれば・・・と期待していたら、三年前にめぐり逢えた。
オペラとサッカーの取材でミラノへ行ったとき、あるレストランに入ってルッコラのサラダとペペロンチーノを注文すると、ボーイが近づいてきて、今朝採れたばかりの最高級品があるからスライスしようか、という。彼が指さしたテーブルには、化学の実験瓶のようなガラスの筒のなかに白い塊が鎮座している。今の季節は黒よりも白だ、といわれ、懐具合が気になったが、こういうチャンスは二度とないと思い、清水の舞台から飛び降りた。
旨かった! 想像以上の豊かな味わい! 少々下品な表現になるが、ゲップがこみあげたときに口から鼻に抜けた芳醇な香りは、今も忘れられない。
そんなわけで、いろんな場所を訪れ、いろんなモノを食った。それらがすべて仕事の合間の出来事だったことを思うと、偶然にも仕事に選んだ「スポーツ」と「音楽」という「二大文化」に感謝しないではいられない。 |