コラム「ノンジャンル編」
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掲載日2024-04-01
この原稿は月刊誌『ZAITEN』(財界展望新社)掲載の連載『今月のスポーツ批評 第80回』に書いたものです。水原一平氏の「闇ギャンブル多額借金事件」の発覚する以前に書いた原稿ですので、その問題には何も触れていませんが、大谷とアメリカ・メジャーリーグに対する過剰とも言える報道の大洪水のなかで、見落としてはいけないものがあると訴えたくて、こんな原稿を書きました。こんな原稿ばかり書いていると、ますますマスメディアからの仕事の依頼はなくなるなあ……という友人たちの嘆きを顧みず、"蔵出し"までしてしまいます。御一読を!

「大谷翔平報道」の洪水によって洗い流されるプロ野球の「負の歴史」を忘れるな!

 最近ある友人から届いたメールに次のようなメッセージが書かれていた。
《それにしても、日本のスポーツシーンは、翔平さんだけで良いのでしょうか?》

 これは、多くの人が抱いている疑問であり、不安でもあるだろう。

 アメリカ・メジャーリーグ・ベースボール(MLB)のペナントレースがまだ幕を開けないうちから、スポーツ関連ニュースはドジャースの大谷翔平の話題ばかり。確かに彼の打撃のパワーは素晴らしいが、他の選手の活躍や他のスポーツの話題まで差し置いて、彼の結婚や犬の話題まで大きく取り上げることはないはず、と思ってる人は少なくないだろう。

 メディアがスポーツの話題を大きく取りあげることで多くの人がそれに熱狂し、他の重要な問題を忘れることは、「スポーツ・ウォッシング(スポーツを利用して問題の隠蔽やイメージの向上を図る行為)」と呼ばれ、権力者がそのような「スポーツの効果」を意図的に利用し、自分たちにとっての不都合な真実を覆い隠す場合もある。

 最近では、昨年冬にカタールで行われたサッカーW杯によって、同国の同性愛者や外国人労働者に対する不当な差別が揉み消された、という指摘があった。

 また古くは1960年の日米安全保障条約改定時に、「安保反対」を叫ぶ10万人を超すデモ隊が国会議事堂や首相官邸を取り囲んだとき、岸信介首相が「国会周辺は騒がしいが、銀座や後楽園球場はいつも通りだ」と言ったが、この発言が野球を引き合いに出した「スポーツ・ウォッシング」だとされている。

 ならば、今回の「大谷ウォッシング」は(もちろん大谷選手には何の責任もないのだが)、どのような「不都合な真実」が洗い流されようとしているのか?

 自民党のパーティ裏金問題か? 能登半島地震の復興の遅れか? あるいは志賀原発などの原発問題か? はたまた共同開発する次期戦闘機の輸出問題か?……

 政治の絡む問題を特定するのは困難だが、確かに言えることが一つある。それは、日本のプロ野球界の「不都合な真実」である。

 日本のプロ野球は、1936(昭和11)年に日本職業野球連盟として発足して以来、野球(スポーツ)は公共の財産であるとの考えから、球団の所有は公益企業に限る(私企業による所有は認めない)との考えを打ち出した。

 その考え方は戦前戦後を通して守られ、鉄道、新聞社、映画会社という公共企業によってプロ野球の運営は続けられた(1950年に大洋漁業が加わったが、国策としての捕鯨を営む同社は準公共企業と認知された)。

 そのため1969年にロッテが球団所有社となったときは、自社の利潤ばかりを追求する私企業の参加を認めるか否かでおおいに問題にされたものだった。

 たしかに「スポーツは公共の財産」という考え方は正しい。が、戦後テレビの急激な普及とクロス・オーナー・シップ(新聞社によるテレビ局、ラジオ局への資本参加)によって強く結びついた読売グループの所有する読売ジャイアンツの人気が突出。

 おまけに公益企業であるはずの新聞社とテレビ局が、自社の利益(新聞の販売拡張とテレビ局の視聴率向上)にスポーツ(読売ジャイアンツ)を最大限利用。

 その結果ジャイアンツの所属するセ・リーグとパ・リーグの人気の格差が広がり、1995年の野茂英雄投手のドジャースへの入団以来、イチロー、松井稼頭央、城島健司……などパ・リーグの有力選手が続々とメジャー球団へ移籍した。

 さらにパ・リーグ球団の所有社に有力企業が増え、セ・パの人気格差(観客動員数)が縮まってくるなかで、セ・リーグの選手もアメリカへ渡る選手が増加。

 03年にはジャイアンツの松井秀喜選手も、当時の長嶋茂雄監督がアメリカ行きを思い留まるよう朝日新聞紙上(!)で懇願したにもかかわらず、ヤンキースへ入団。

 そして現在、メジャーでMVPを2度も獲得し、日本人選手には絶対無理と言われたホームラン王まで獲得した(パ・リーグ出身の)大谷翔平選手が大騒ぎされているのだ。

 このような日本のプロ野球史を単純モデル化するなら、かつては「読売ジャイアンツが中心だったプロ野球」が、今は「MLB中心のプロ野球」になった、と言えるだろう。

 かつて野球選手は、誰もが読売ジャイアンツを目指し、不幸にしてそれが叶わなかった選手は他球団でジャイアンツを倒すアンチ・ジャイアンツのヒーローになるか、好成績を残してトレードでジャイアンツ入りするかという"ゴール"が存在していた。

 が、その"ゴール"が今では、メジャーに変わったのだ。

 そんな「メジャー万歳」でいいのか!? というのがメディアの「スポーツ・ウォッシング」に抗う人々の声と言えるだろう。

 何やら白井聡氏の『国体論菊と星条旗』(集英社書新書)の戦前と戦後で、天皇がアメリカに成り代わってしまった構図にも似たプロ野球史だが、公共企業だったはずの新聞社(メディア)が、公共の財産であるスポーツ(野球チーム)を自社の私的利益に利用した結果、日本のスポーツの健全な発展が阻害された結果とも言えそうだ。

 MLBには創立当時から、メディアは球団のオーナーになれないという不文律があり、CNNのテッド・ターナーがアトランタ・ブレーブスのオーナーになったときも、私費による買収だった。また1998年、BスカイBなどのオーナーで「メディア王」と言われたルパート・マードックがイングランドの名門サッカーチーム・マンチェスター・ユナイテッドを買収しようとしたときは、英国議会が「社会の利益に反する行為」として認めなかった。

「第4の権力」と言われるマスメディアが、「公益企業の顔」をして公共の財産であるスポーツを私物化して自社の利益に供した場合、スポーツの受ける被害は大きい。が、それを批判すべきスポーツ・ジャーナリズムもメディアに支配されているとなると、メディアに支配された日本のスポーツの未来が心配になる。

 プロ野球や、高校野球や、箱根駅伝……などの未来は真っ当な発展の道を歩めるのだろうか? メディアが主催社や運営社から外れることはできないものか?

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