宗教事典ではないが、少々オカルティック(神秘的)な事典として想像力が刺激されておもしろいものをあげておこう。
<天狗・鬼・河童・雪女・海坊主・おろち・うわばみ・麒麟・鳳凰>などを、豊富な図版と文献引用で紹介した『日本未確認生物事典』(笹間良彦・著/柏美術出版)。
<赤穂浪士・お岩・かぐや姫・白波五人男・弁慶>など、実在の人物もふくめた『日本架空伝承人名事典』(大隅和雄ほか編/平凡社)。
同様の人物に、<賭博・隠れキリシタン・剣豪>といった項目もくわえた『日本奇談逸話伝説大事典』(志村有弘ほか編/勉誠社)。
<アトランティス・ドラキュラ城・ムーミン谷・オズの虹の国・アリスの鏡の国・ネバーランド>などを解説した『架空地名大辞典』(A・マングェルほか著/講談社)。
<サラマンドラ・スフィンクス・カフカの想像した動物>といった項目に、大作家ホルヘ・ルイス・ボルヘスが解説(エッセイ)をくわえた『幻獣辞典』(晶文社)。
ギリシア・ローマ神話から北欧・ゲルマンの伝説、さらに小説、戯曲、劇画、映画などに登場する(創作上の)人物たちの行為と性格を分析した『欧米文芸登場人物事典』(C・アジザほか著/大修館書店)。
夢で見たモノ(犬・果物・卵など)、現象(雨・霧・嵐・高波など)、行為(キス・セックス・自転車に乗ることなど)を心理学的に分析解説した『夢事典』(トム・チェトウィンド著/白揚社)。
さらに『聖書小事典』(小嶋潤・著/教養文庫)『ギリシア神話小事典』(B・エヴスリン著/同)・・・
オカルティックとはいえないが、『民俗学辞典』(柳田國男・監修/東京堂出版)や、『図説民俗探訪事』(大島暁雄ほか編/山川出版社)など、日本古来の民俗文化を集めた事典も、現代人のわれわれには十分にファンタスティックである。また、地方を旅するときには『図説仏像巡礼事典』(久野健・編/同)、『図説歴史散歩事典』(井上光貞・編/同)なども、結構役にたつ。
日本の一地方だけをテーマにした事典としては、なんといっても『京都大事典』(淡交社)がスゴイ。まあ、わたしが京都の出身だというので身びいきもあるが、「市域編」と「府域編」の2冊でたっぷり小百科事典並みのボリュームがあるのは、さすが京都、といいたくもなる。
<われしのぶの髪に長い振り袖、だらりの帯におこぼを履く>祇園の舞妓の姿が、<かつての京都の商家の娘の風俗>だったとは、この事典で知った。
ついでに『京ことば辞典』(井之口有一ほか編/東京堂出版)も紹介しておこう。
これには、<はんなり><まったり><はばかりさん>などの京言葉にくわえて、<おたあさん(お母さん)><おもうさん(お父さん)>といった御所言葉や、祇園の花街言葉まで集められている。
が、方言辞典で圧倒的におもしろいのは、やはり『大阪ことば事典』(牧村史陽・編/講談社)である。
<ドアホ><ドエライ><ドカイショナシ(奴甲斐性無し)><ドショボネ(土性骨)><ドッチクショ(奴畜生)><ドギツネ(奴狐=女の別称)>といった言葉が並んでいるのを見るだけで、大阪のド・パワーに圧倒される。しかも、解説を読み、それらの言葉の多くが近松の浄瑠璃の台詞などでつかわれているばかりか、源氏物語にでているような言葉が、関西ではいまも日常語としてもちいられていることに驚かされる。そら、まあ、紫式部も近松も、関西弁やったんやから当たり前のことかもしれまへんわなあ・・・。
この『大阪ことば事典』は巻末につけられている「大阪のシャレ言葉集」もおもしろい。
「赤児のしょんべん」は「ややこシィ(ややこしい=複雑だ)」
「蚤のしょんべん」は「桑シィ(詳しい)」
「牛の尻(ケツ)」は「モウの尻(物知り)」
「鬼の反吐(ヘド)」は「人だらけ」(鬼は人を呑むから、反吐を吐くと人だらけになる)
――これらは、吉本の笑いの原点といえるものにちがいない。
方言以上に特殊な言葉(ギョーカイ用語)を集めた辞典としては、『水商売うらことば』(中田昌秀・著/湯川書房)なんてものがある。
この辞典からは、つぎのような知識を身につけることができる。
【サイド】ホステスの責任でツケにしている飲食代金。つまり売掛金の回収猶予のこと。猶予期間が過ぎると「サイド切れ」となり、給引きになる。
【しょんべんする】女が金を貰って妾になったのに、夜になると寝小便して旦那にお払い箱になり約束を果たさずに帰ることから、契約不履行のことをいう。
【せんまい】牛の第三胃袋。ぞうきんともいう。
【すなぎも】牛の第二胃袋・・・
――そんな知識を身につけてどうする、というひともいるだろうが、つぎのような「文化度の高い」記述もある。
【せんまつ】空腹なこと。歌舞伎の『伽羅先代萩』で、千松が「腹がへってひもじうない」という台詞から生まれた言葉。
『伽羅先代萩』は「カラセンダイオギ」などと読まず、きちんと「メイボクセンダイハギ」と読んでくださいね。
オカルトから話がケッタイナ方向へ走ってしまったが、話を元にもどして裏返し、オカルトとは反対の「科学」をとりあげよう。
とつぜん『現代数学小事典』(寺坂英孝・著/講談社ブルーバックス=以下BB)などをとりあげると驚かれるかもしれないが、これがなかなかおもしろい。
とくに<第1章数学基礎論>の「論理」は、「ああいえば上祐」といわれる男のウソを見抜く以上のウソ発見のスリル――論理のすりかえのトリックを見破るスリリングなおもしろさ楽しむことができる。
<金色の茸を食べると賢く勇敢な若者になる。銀色の茸を食べると邪悪で醜い男になる。茸の下には妖精がいるが、一人は正直で、もう一人は嘘つき。妖精に質問することは一回しかできず、妖精は、「はい」か「いいえ」としか答えない。さて、どんな質問をすれば、あなたは金色の茸を食べることができるか・・・>
こういう記述にのめりこんでしまうと、心地よい睡眠不足を味わうことができる。
(この解答は、皆さん、お考えください。以下次回へつづく)
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