『週刊文春』2月15日号(8日発売)には、日本の全てのスポーツ関係者必読の特集記事が10ページに渡って掲載されていた。
《安倍晋三に裏切られ、森喜朗に嵌められて…五輪の闇初告白》というタイトルで、《五輪汚職》で逮捕された元電通の《高橋治之被告が独占7時間》に渡ってインタヴューに答えたのだ。
リードの文章を引用する。 《「五輪は後で事件になるから」と招致の手伝いを固持した僕に安倍さんは「迷惑はかけない。絶対に保証する」と約束した。なのに、事実に反した森さんの供述で、僕は逮捕されてしまった。実は業者から「森さんに、いくら渡せばよいか」と聞かれ、僕はこう告げていました−−》
ここで重要なのは、《事実に反した森さんの供述》と《いくら渡せばよいか》と業者に聞かれて、高橋氏が答えた内容だ。
前者は、《高橋氏について「マーケティングを一任され、職務権限を有していた」と(森氏が)主張することで(高橋氏を)起訴に追い込んだ》というのだ。
これに対して高橋氏は、《僕が理事になった後の理事会で、マーケティングは(森)会長に一任することが決まり、《スポンサーが決まったら坂牧(政彦マーケティング)局長が事務総長の武藤敏郎さんに上げて,その後、森さんに説明をしてハンコをもらっていました。僕はその決済ラインに入っていない》と反論している。
つまりスポンサー企業を選択決定し、契約内容を決めるマーケティングに関する「職務権限」は高橋氏には存在せず(従って高橋氏が業者から受け取ったカネは、コンサル料で賄賂に当たらないという)、「職務権限」が「高橋氏に存在する」と断定した理由は、検察に対する森氏の《供述》だけだというのだ。
さらに後者の「(肺癌のお見舞いに)いくら渡せばよいか」との業者の問いに対する高橋氏の答えは、《「オプシーボは一回三百万円ですよ」とは言いました(略)当時はまだ発売されたばかりの新薬です(略)森さんがたびたび「一回三百万」と言っているのを聞いたので、それをそのまま伝えました》
そうしてAOKIは《森氏に二回に渡り現金二百万円を渡したと供述したとも報じられ(略)KADOKAWAは赤坂の料亭で森氏を囲み、ADKも(略)森氏に少なくとも百万円以上の現金を渡したという証言を得られた》と週刊文春は書いている。
このような状況のなかで《一月三十一日に行われた公判で(略)高橋氏の代理人弁護士は、二時間近い冒頭陳述の最後に(略)「裁判長! 元会長の証人尋問が必要です」》と森氏の召喚を求めたのだ。
《裁判官は(森氏の召喚に関して)明確な方針を示すことなく、この日の公判は終了した》という。が、この裁判の行方は、かなり大きな問題に発展しそうだ。
というのは、汚職事件の中心人物である高橋氏が、今まで沈黙を守っていたため次のような見方(誤解?)をする意見も出てきていたのだ。
政治学者の白井聡氏は内田樹氏との対談『新しい戦前 この国の"いま"を読み解く』(講談社現代新書)のなかで次のように語っている。
森氏は、《もう現役ではないのにスポーツ利権の帝王として君臨できるのは、業界からある意味で非常に信頼されている証明です。汚職で逮捕された電通出身の高橋治之元東京オリンピック・パラリンピック大会組織委員会理事が、東京地検特捜部にどれだけ責められても口を割らず、ついに森さんの名前を出しませんでした。その動機が恩なのか恐怖なのかよくわからないのですが》
それに対して内田氏も《それだけたっぷりと「恩」をこうむっていたということなんでしょうし、ここで口をつぐんでいれば、必ずその分の見返りはあると確信しているからでしょうね》
なるほど。日本の「政治構造」としては、両氏の指摘通り、《オヤジ政治家》たちによる「恩」や「恫喝」が働いていたに違いないのだろう。が、高橋治之氏は、そのような「政治構造」から飛び出し、「スポーツ界の利権の帝王」と司法の場で対決することを選んだのだ。
それが、森氏の老齢化から判断したものか否かは重要な問題ではない。高橋氏は文春インタビューの最後に、こう語っている。《長い戦いになるけど、最後まで諦めません。(略)森さんに法廷に出てきて、本当のことを言ってほしいです》
さて裁判長が、「森vs高橋」の「直接対決の場」をつくるかどうか、大いに注目されるところだが、この「五輪汚職事件」について、辣腕弁護士として著名な弘中惇一郎氏は、次のように評している。
《東京地検特捜部は、一連の汚職疑惑が浮上すると、大会組織委員会会長だった森氏や副会長だった竹田(恆和)氏に任意で事情聴取はしたものの、それ以上のことは何もしていない。本件は、国民が快哉を叫ぶような事件ではなく、特捜検察の実績づくりのための事件に過ぎない、と言えるのではないだろうか》(『特捜検察の正体』講談社現代新書)
司法の判断はさておき、いまも日本のスポーツ界は「利権の帝王」の支配下にあるのは確かで、昨秋の川淵三郎氏の「文化勲章受章を祝う会」にも、森氏は来賓のトップとして登場していた。
また日本スポーツ協会を初め多くのスポーツ団体の幹部たちによって、国立競技場近辺に、森喜朗氏の胸像を建立しようという動きもある(さすがに最近は、寄付金集め等が中断されているようだが)。
また東京五輪自体が、スポーツとは懸け離れた神宮外苑再開発計画を実現するために「利用」されたとの指摘も浮上している。
そんな「スポーツ利権の帝王」を裁判所が召喚するのか? しないのか? コトは日本のスポーツ界のみに止まらず、日本の政界(自民党の裏金問題)もふくむ、日本社会の根本構造を根底から考え直す問題になるはずで、「森vs高橋」の直接対決は、是非とも実現してほしいものだし、テレビや新聞は、もっと騒ぐべき問題のはずだが……。。
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