人生五十年以上生きると世の中の大きな変化を体感するものだ。
かつては、万年筆で字を埋めた原稿を編集者が自宅まで受け取りに来ていた。しかし、やがてファクスが普及し、今では携帯電話とメールのやりとりになった。
世の中の表層がこれだけ変わるなら、根本の考え方も激変している。
かつて、我々の住んでいる宇宙はビッグバンと呼ばれる大爆発によって生まれた、と考えられていた。が、その前にエネルギーの大膨張(インフレーション)があったとされるようになり、今ではそのとき生まれた五次元以上の「余剰次元」が「小さく巻き取られて」我々の住む四次元の時空間のすぐ傍に存在するという。
しかも我々の住む四次元時空は、そのとき巻き取られなかった「破片」(ブレーン)であり、物質の根本は粒子ではなく激しく振動する「ひも」であるかもしれない、と考えられるようにまでなった。
『ワープする宇宙』は、そんな理論物理学の世界をわかりやすく解説してくれた。
ハンフリー・ボガード主演の映画『カサブランカ』で歌われた『アズ・タイム・ゴーズ・バイ(時の過ぎゆくままに)』に出てくる歌詞「時が流れても基礎的なものは変わらない」を、男と女の関係でなく理論物理学の真理ととらえるなど、話術の巧みさに引き込まれ、難解な最先端理論も面白く理解できる。
昨年十一月から刊行の始まったシリーズ『興亡の世界史全二〇巻』は、旧来の西洋史・東洋史・各国史という分類をとらず、世界を股にかけた「帝国の興亡」から「真の世界史」を読み取ろうとする試みが、じつに新鮮だった。
その結果、必然的に中央アジアの遊牧民やイスラム社会に多くの記述が割かれ、ローマ帝国や大英帝国の記述でも、ペルシャ帝国の存在や、イングランドとアイルランド、スコットランドとの関係が詳述される。
高校時代に学んだ「縦割り世界史」をぶち壊される快感とともに、このアプローチこそ今日の現代社会を考えるうえで最も重要かつ適切であると納得した。
『モスラの精神史』は、現在我々が暮らす日本社会に最も近い「戦後社会」を、モスラという怪獣から読み解いた面白本。
蛾の幼虫であるカイコが、日本の零細農家が中心になって支えてきた生糸産業の象徴であり、その農村社会が破壊される時期に、モスラが東京タワーで繭を作る(堀田善衛・中村真一郎・福永武彦共作の原作では国会議事堂で繭を作る)、という「分析」を読むだけでも、目から鱗の興奮に浸る。
以上、個人的パラダイム・シフトに導かれた三冊。
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以上紹介した本は、下記の通りです。
●リサ・ランドール(向山信治・監訳/塩原通緒・訳)『ワープする宇宙〜五次元宇宙の謎を解く』(NHK出版/3045円)
●講談社『興亡の世界史』全21巻(各2415円)
●小野俊太郎『モスラの精神史』(講談社現代新書/798円)
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