アメリカ・メジャーリーグの野球は過去に2度、革命的な大変化を起こしている。
1度目は1919年ベーブ・ルースの出現。それまでは、どんな打者でもシーズン10本程度で記録にも残されず、評価もされなかった「偶然の大当たり」を、ルースは29本も放ち、翌年には54ホーマーで、ファンの度肝を抜いた。
オールド・ファンは野手の頭上を遥かに超える打球を「卑怯な打法」と断じ、タイ・カッブ式の守備の間を抜く狙い打ちこそ野球の王道と、ルースを非難した。が、ファンはルースに大喝采。野球はホームラン時代の幕を開けた。
それは四半世紀遅れて日本にも伝わり、終戦直後の青バットの大下弘以来、中西、野村、王……と、現在まで引き継がれる。
2度目の革命は1997年。アスレチックスにビリー・ビーンというゼネラル・マネジャーが登場。ある退役軍人が様々な野球のデータを再分析した「セイバーメトリクス」(Society
for American Baseball Research+metrics=測定規準)を活用してチームを編成。
打者や投手に対する新しい評価規準(打率・打点・防御率……等を否定し、出塁率・長打率・奪三振……等を評価)と、戦術に対する新しい考え(送りバントや盗塁などを否定)を実践。
ヤンキースの3分の1の選手年俸総額で同等の成績を残し、野球関係者とファンを瞠目させた。
マイケル・ルイス著『マネー・ボール[完全版]』(ハヤカワ・ノンフィクション文庫・13年)はその経緯を記した上質のアメリカン・サクセス・ストーリーで、映画化もされた。
もちろん日本のプロ野球にも影響を与え、ロッテ、日本ハムなど、いくつもの球団がチーム作りに採用。鳥越規央著『本当は強い阪神タイガース』(ちくま新書・13年)では、日本のセイバーメトリクス研究の第一人者が「野球の新しい考え方」を教えてくれる。
たとえば1人の打者が仮に1〜9番の全打順を打つと1試合に何点取れるか……を、複雑な計算式から導くと、王(10・23)松井(8・81)イチロー(8・73)落合(8・47)カブレラ(8・34)張本(7・98)……と並んだ数字と名前を見るだけで野球ファンは興奮する。
さらに本書のタイトル通り阪神ファンの驚くデータも数多く紹介されている。が、興味深いのは著者と元阪神球団社長野崎勝義氏の対談。「球団の成績は経営力に左右される」と、同氏は語る。
一球団の問題の核心は、プロ野球界全体の問題につながる。経営力は各球団の様々なビジネス努力で成果が出るが、日本のプロ野球では球界全体のビジネスが未発達。
桑田真澄・平田竹男著『新・野球を学問する』(新潮文庫)では、体罰問題からWBCまで日本野球の様々な問題点を語り尽くしたうえで、《今の野球界の問題点は、誰がリーダーシップを取り、どんなビジョンを持ってやっているのかが(略)まったく見えない》との至極真っ当な結論に至る。
そして並木裕太著『日本プロ野球改造論』(ディスカヴァー携書)でも、アメリカ・メジャーの世界戦略に呑み込まれようとしているプロ野球が生き延びる具体的な戦略として、アジア野球との連帯など、きわめて納得のゆく結論が導き出される。
5月5日、長嶋・松井両氏への国民栄誉賞授与式に登場した安倍総理はアベノミクスの「三本の矢」(金融緩和、財政出動、成長戦略)を念頭に「夢に向かって頑張っていくことこそが四本目の矢になる」と挨拶した。
この言葉には少々違和感を覚える。なぜなら野球は「夢」と同時に、成長戦略の一翼を担う巨大なスポーツ・ビジネスでもあるはずで、既にメジャーはそれを高度に実践しているのだ。
そのことに気付かず、「夢」と親会社の利益中心の活動を続けていると、プロ野球はやがてアメリカのメジャーに呑み込まれるかも……。本城雅人著『球界消滅』(文藝春秋・12年)は、それを近未来小説で描いた。フィクションとしては面白い。
が、現状のままでは、フィクションが現実になる可能性が高い? |