万 「いよっ。久しぶり」
玉 「うわっ。突然出てくると、びっくりするやないけえ」
万 「ごめんごめん。そんなに驚くとは思わなかった」
玉 「そらまぁ、いずれ出て来てくれるとは思てたけど、なかなか来んから、忘れかかってたで」
万 「悪い悪い。あっちでもけっこう忙しくてね」
玉 「忙しいって、別にやることなんかないやろ」
万 「最初のうちは、そうだったね。天国のほうへまわされたから」
玉 「おまえが、天国?」
万 「そう。なぜか知らんけど、閻魔に天国だって言われたもんで。ラッキーと思って行ってみたら、もう退屈で退屈で」
玉 「天国って、やることないんか?」
万 「蓮の浮かんだ池の周りをニコニコしながらぶらぶら歩くだけ」
玉 「そんな連中が大勢いるんか?」
万 「そう。あんた方はどちらさんでって訊いたら、すました顔して阿闍梨(あじゃり)だという。そいつらが『今日もいい天気ですなぁ』とか『蓮が綺麗ですなぁ』とか、そんな話をするだけ」
玉 「そら退屈やなぁ」
万 「そいつらの食ってる餅が、また不味い」
玉 「阿闍梨餅か? 美味しいはずやけどな」
万 「ところが、向こうでは、なんの味もしない。そいつらが、おまえも阿闍梨かって訊くから、いえいえ、私めはアチャラカでございますって答えたんだけど、笑いもしない」
玉 「冗談も通じひんのか? ほんで、おまえさん、アチャラカちゅうのは阿闍梨から出たもんで・・・ってまた演説始めたんやろ」
万 「いや、まぁ、ところが何を言っても静かに聞くだけで反応なしだから、もう、イヤになって、地獄へ行かせてくれって直訴した」
玉 「直訴って誰にしたんや?」
万 「それはもうタカムラさんにですよ」
玉 「タカムラって・・・、小野篁(おののたかむら)か?」
万 「そう」
玉 「おおっ。まだ閻魔さんのとこで仕事しとるんや。おれ、篁がつくった珍皇寺(ちんこうじ)の檀家で、墓つくったよって、今度逢うたら、よろしゅう言うといてや」
万 「その話、前に聞いたから、もう言っておいた。近々、あんたと同じくらいの身体のデカイ男が来るけど、檀家の一人だからよろしくって」
玉 「なんで、近々やねん」
万 「ははははは。ごめんごめん。冗談冗談」
玉 「ほんで地獄へ移れたんか?」
万 「そう。篁は話のわかる男だから。すぐに認めてくれて、鬼の案内役まで付けてくれた」
玉 「鬼は、怖(こわ)なかったか」
万 「鬼もいろいろだけど、なかなかいいキャラしてるのが多くてね。これは使えるね」
玉 「使えるって、何に使うねん」
万 「もちろん舞台ですよ。青いの、赤いの、大きいの、小さいの、堂々としてるの、こすっからいの、もう百鬼繚乱」
玉 「それも言うなら、百花繚乱、百鬼夜行やで」
万 「シャレですよ。シャレシャレ」
玉 「わかっとるがな。茶々入れただけやがな。けど地獄って、やっぱり恐ろしいやろ」
万 「慣れだね。地獄も慣れれば極楽。血の池で見事なクロールしてる奴もいるし、針の山も見事な眺めで箱根どころじゃない。万丈の山、千尋の谷、函谷関もものならずってのは針の山のことだな。その上を阿修羅が飛びまわってるんだから、もう、絶景かな絶景かな」
玉 「けど、針が身体に刺さって痛いんやろ?」
万 「それも慣れだって。慣れだけのこと。マゾじゃなくても、そのうち慣れる。どれだけ刺されようが、死ぬことはないんだから安心」
玉 「ホンマかいな。そういや芥川龍之介もおんなじようなこと書いとったなぁ」
万 「いたいた、龍之介。そっちにいたときは病的で静かだった男が活き活きとして鬼と戯れてたよ。あれじゃあ、もう小説は書けないな」
玉 「他に誰かいたか?」
万 「阿国に逢ったよ」
玉 「おおおっ。一緒に踊ったか?」
万 「踊った。けど、スローテンポでさ。チリリンチリリンなんて鈴振ってシナつくるだけ。あれじゃ、いまは使えないな。・・・おおっと、篁の使いの鬼が来た。もう帰らなきゃ」
玉 「久しぶりに逢うたんやから、もうちょっと話そうや。ええ酒あるねん。飲んでけや」
万 「いや、ごめんごめん。篁にアポとったんでさ。奴も忙しいから」
玉 「アポまでとって篁と何の話をするねん」
万 「地獄の『血の池湖上ステージ』でさ、今度、阿修羅も鬼も亡者も、一緒になって踊りまくる『大地獄祭』をやることになったんで、その打ち合わせ・・・」
玉 「そうか。いまもがんばってるのんやなぁ。忙しいやろけど、身体にだけは気をつけて」
万 「サンキュー。じゃあ、また。今度、三枝成彰のオペラ『忠臣蔵』の演出するんでしょ?そのときは篁に休みもらって見に行くよ」
玉 「えっ? そのこと、もう知ってるんか」
万 「地獄耳、地獄耳。また来るから、じゃあね・・・」
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